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九  章吾と陽生の勤める中学は、三階建ての鉄筋校舎が二棟縦に並び、渡り廊下で繋がっている。  体育館や校舎の周りには、杉や檜、椿やイチョウなどが生き生きと生い茂っていた。  この日、美羽は中学の美化作業を手伝いに来ていた。  陽生に、この日は午後から会う約束をしていたが、午前中美化作業があるというので、それならば自分も手伝いますと参加することにしたのだ。  章吾も毎年参加していたが、今年も参加するというので、美羽は章吾とともに中学を訪れた。  母と章吾は美羽の卒業を待って籍を入れたので、二人、教師と生徒でなく、親子として中学の門をくぐるのはこれが初めてであったが、美羽は複雑な心境だった。  陽生といるといつも笑顔でいられるし、章吾にはない魅力がある。  それなのに、どうしても心がいうことをきかないのだ。  章吾との未来はないとわかっているのに、こうしてそばにいられるだけで、並んで歩けるだけで、それだけでいいと思ってしまう自分がいた。  章吾と別れ、美羽がかつての学び舎を懐かしんでいると、 「あ、美羽、おはよう」  陽生が近付いて来た。 「おはよう。今日は、よろしく」  挨拶すると、 「来てくれてありがとう。生徒に自慢できるよ。彼女いないってからかわれてたからさ」 「私なんかでいいの?」  そう言うと、 「なに言ってんだよ。美羽ほどの美人はいないよ」  真顔で言われ、 「からかわないで」  顔を背けると、遠くのほうから、 「山下せんせ、彼女?」  女生徒が数人こちらに向かって言った。 「おう、そうだぞ。どうだ? 美人だろ」  陽生が答えると、 「先生にはもったいないよ。彼女さん、今すぐ山下先生と別れて」  そう返され、美羽がくすっと笑うと、 「おまえたち、うるさいぞ」  陽生が女生徒に向かって言った。  その時、数名の女生徒たちの中で一人、鋭い眼差しを向ける女生徒がいた。   鋭い眼差しとは似つかない、丸顔の少しあどけなさが残るかわいらしい顔立ちである。  その眼差しは、陽生ではなく、美羽に対して向けられていた。 ――もしかして、あの子……。  かつての自分と重なる。多分だが、陽生に好意を寄せているのだろう。そうでなければ睨まれる筋合いはない。  美羽は、 「陽生さんは、随分生徒さんから人気があるのね」   そう言うと、 「おれは、美羽だけでいいよ」  こちらが恥かしくなるくらい、ストレートにそう言った。    七十名ほどの参加者たちが一斉に校庭に集まると、校長の挨拶があり、その後グループ分けがされ、おのおのの場所で草刈りを行うことになった。  美羽は章吾と同じグループになった。更にあの、こちらを睨みつけてきた女生徒も一緒である。  章吾と同じグループになれたのはいいが、あのキツイ視線を浴び続けなければならないことを多少憂鬱に感じながら、美羽は章吾の後について、指定された場所へ向かった。  すると陽生が近付いて来て、 「坂上先生、僕と代わってくれませんか?」  などと言ってきた。  章吾がなんと返すのかと思っていると、 「もうしわけないが、断るよ」  そう言って、陽生に背を向けた。だが陽生は、 「そう言わずに、お願いしますよ。坂上先生は毎日美羽さんと顔を会わせてるかもしれませんが、僕はそういうわけにはいかないんですから」  食い下がる。だが章吾は、 「山下先生は、この後、美羽とデートだと聞きましたよ。ならいいじゃないですか。私だってこうして娘と過ごす時間は、貴重なんですよ」  章吾には珍しく強い口調で申し出を断った。  美羽はそのことに内心驚きながら、少しばかり嬉しく思った。    指定の場所に着き、作業を始めると、夏の間に伸びた草がそこらじゅう伸び放題だった。 そこへ先ほどの女生徒がやって来て、 「坂上先生、この女の人と、親子なんですか?」  疑い混じりにたずねて来た。先ほどの会話を聞いていたらしい。 「ああ、そうだよ」  章吾が答えると、目を丸くして、 「うそ、だって先生まだ若いし、とても親子には見えないですよ」  そう思うのもしかたないと美羽は思った。章吾との歳の差は十五で、親子というよりも夫婦といったほうがまだ、人の目にはしっくりくるだろう。章吾は、 「いろいろと事情があってね」  そう言葉を濁した。  女生徒は納得できない様子だったが、章吾に「北見くん、口よりも手を動かして」と言われ、不服そうに作業を続けた。  
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