パリ・ブレスト

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パリ・ブレスト

「……」 「……」  唇がまだ燻っているように熱い。  ついにやってしまったと、オレは頭を抱えてしまいそうになるのを辛うじて耐えた。髙野は惚けたように口をぽかんと開け、頬を林檎飴のような朱色に染めている。目元が妙に艶っぽく潤んでいた。  そんな無防備にしていていいのか…と燻る言葉を飲み込んで、咄嗟に手を伸ばす。一瞬じゃ全然足りない。正直言うならもっと、欲しい。 「…そんな顔すんな」 「今の、何なんだ」 「だから…オレはおまえが」 「(あきら)はノーマルなんだろ?なんでこんなこと…」 「はぁ?いつそんなこと言ったよ…それはこっちの台詞だっての!ずっと気づかなかったのか……?」  急にみじめな気持ちになってしまい、髙野の髪に触れようとした手を引っ込めた。だがその手を掴み、引き寄せたのは紛れもなく奴の方で…  引っ張られるがまま、髙野の身体に被さってしまった。 「───っ…」 「利久(りく)」 「ん」 「おまえ、こっから先は覚悟してんのか」  辛うじて両手を床につけ、少し離れた眼下の髙野利久をじっと見つめる。    もっとキスしたいのに、こっから先に踏み出す勇気はどうにも出なくて、かっこ悪いけどそう問い掛けるしかなかった。両肩の力を抜いてしまえば、もう後戻りできやしないから。ずっと焦れていたのは事実だったし、いつかこうなる日を願っていたのも確かだ。でもそれはオレの独りよがりな願望でしかなく、怖くて仕方がない。ただの同期で、いい友達で、...甘党同士、いい仲間でいられる関係が壊れるのは、辛すぎる。 「いいよ」 「…は?」  利久は挑むように俺をじっと見上げていた。 「…朗だったら、何されてもいい」  耳を疑うような言葉に、肩の力が抜けてしまいそうになる。おまえはそれでいいのかと、出掛かった言葉を辛うじて飲み込んだ。 「……そんなこと、簡単に言うなよ。そーゆうのは気を許せる奴にだけ言うもんだろが」 「それが朗なんだよ」 「……」 「なぁ…さっきの、もう一回してくれ」  髙野が強請るように俺の顔を引き寄せる。 「……いくらでもくれてやるよ」 ×   ×   × 「んっ…」 「…やば…なんでこんなに柔らけぇの…」  ひたすら柔らかかったあの感触が忘れられず、何度も利久のマシュマロのような唇を啄む。最初は重ねるだけで良かったのにそれだけでは飽き足らず、下唇を甘噛みしたりそっと舌先で舐めてみたり、できることはしてみたつもりだった。そのうちどちらともなくキスの最中に口を開いて、ぎこちなく互いの歯列や舌先をつついてみたりした。  自分で煽っておきながら頭がフワフワと浮いているような気持良さに翻弄され、キスってこんなにきもちいいものだったのかと思い知らされる。この先に進むとどうなるのか、想像できなくて怖くなってしまった。 「…なぁ、利久」 「ん…」 「おまえ、いつから?」  爆発しそうな心臓を無理矢理抑え込むため、あえて話題を利久に振った。 「いつって…教えてやるから、朗も教えろよ?」 「うん」 「…俺は入社式の日に……一目惚れしてたんだ」  ぼそぼそと囁くような声で利久が言うと、なんだかこそばゆくなった。それと同時にオレの方が先に惚れていたので、少し嬉しくなってしまう。顔を真っ赤にしながら、利久が少し唸るように唇を尖らせる。 「おっ、俺は言ったぞ!次はおまえの…」 「内定者面談の時だよ」 「…えぇ?まさか、一番最初の…?」  予想していなかったであろう表情がありありと分かる。内定者が顔合わせしたたった数時間の出来事だったけど、当時の利久は普通に女の子だと思えるくらい…可愛かった。いまでこそ美人に違いないけれど、あの日の衝撃を超えるような出会いは今のところ、経験したことがない。 「……そうだよ。あの時、まだ利久の髪が長かったろ?最初は超美人が同期にいるんだって思っただけだったけど…、気づいたら一目惚れしてた」 「ろくすっぽ会話してないのにか?それに…」 「別にお前が男だと分かったところで変わらなかったさ。す…好きなもんは好きなんだから仕方ないだろ…!そう言うもんなんだって、たぶん…」  自分で言っておきながら恥ずかしくなってしまい、利久の顔を真正面から見れなくなる。そしていい加減床ドンしている両腕が辛くなってきて、膝を床に着こうとした。 「じゃあ、俺たち両想いだったってこと…?」 「うん、ま…確かにそうなるな…?」  両想い。  それも、同期の髙野と。 「……」 「朗、顔真っ赤になってる」 「うっせ!そりゃ、そうもなるだろ!」 「…なんか、嬉しい」  そう言って笑う利久の顔は、やっぱり憎らしいくらいに綺麗だった。オレがシュークリームなら、こいつはパリ・ブレストだなぁなんて自分でもよく分からない例えが頭に浮かぶ。 「ま、美味いのは変わらないか…」 「えぇ?」 「いや、こっちのハナシ」  このままこいつに身体を預けても怒られはしないだろうと、妙な安心感が湧いてきた。しかし床に縫い留めたままでは可哀想だと身体を起こす。 「…悪い、重かっただろ」 「いや、ちっとも」  少しだけ寂しそうな顔をした利久の腰を跨いで屈み両手を握り、上体を起こしてやる。その反動で奴の身体を抱きしめると、何となく甘い匂いがした。 「利久、良いにおいする」 「ははっ!気のせいだろ?さっきまで、料理してたからじゃないか」 「いいや…そうじゃないよ」  頭がクラクラしそうな甘い匂い。多分、これがフェロモンってやつなんだろうか。それもオレだけに効くやつだ。  これ以上身動きすると、身体が勝手に反応してしまいそうだ。それからしばらく、何も言わずにただ利久を抱き締めることにした。
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