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「その横断歩道で出会った女性って、どんな方だったかしら?」
「え?あ、えーっと……」
年齢は二十代くらいの女性。髪はベリーショートで、とても整った綺麗な顔をしていた。
色の濃いサングラスをつけていて、隙間から見たその目は猛禽類のような鋭さがあって少し怖かった印象だ。
パンツスーツを着こなしていて、手には皮の手袋をつけていた。
「……なるほどね。その人、私の知り合いだわ。賢治とも知り合いよ」
「へぇ!てことは、祓い屋さん?」
「えぇ。阿蘇方面を主として活動している古くからある祓い屋さんの方よ。とても力が強く……とても厳しい人よ」
何がそんなに嫌なのか、後半は明らかに声のトーンが落ちていた。
何かトラウマでもあるかな?
「修行をつけてもらったことがあるの。それがもう厳しくて。死ぬような思いを何度も経験させられたわ」
終いには遠くを眺めて深くため息を吐く。
あ、これ思い出させたらダメなやつだな。
「そっか。たまたま出会った祓い屋さんに助けられたんだね」
「“たまたま”……ね。あの人が絡むことに、たまたまなんてことあるかしら?鵟さんは基本、阿蘇の担当なのよ?わざわざ、麓の町に降りてきてるなんて何があるに違いないわ」
嫌な予感がする、と望桃は渋い顔を浮かべるとスマホを手にしてどこかに連絡を始めた。
「あなたが出会ったのは〈 根子岳 鵟 〉という祓い屋よ。性格は厳しめな人だけど、力は確かな人。出会ったのも何かの縁でしょう」
鞄からファイルを取り出すと、一枚の名刺を取り出して手渡して来た。
祓い屋 根子岳 鵟さんの名刺だった。電話番号と本拠地の住所が記されている。
裏には何やらミミズが貼ったような複雑な絵のようなものが書いてあった。
「裏は鵟さんの霊力が込められた“破邪の印”が書かれているわ。投げつければ、悪霊を一時的に祓うことができるそうよ」
「へぇ。お札みたいなもの?」
「そうね。お札よりは少し効力が落ちるから、そう過信しないようにしてね。御守り程度に考えておいて」
「もらっていいの?」
「えぇ。あと、“賢治が力を込めた札”も三枚ほどあげるわ。何か襲われそうになったら、使ってあげて。霊障がある時は、患部に貼るとじんわり効いてくるわ」
「湿布か」
「ふふ……!賢治と同じツッコミしてくれるのね」
口元に指をあて、御上品に笑うと望桃は立ち上がる。あれ?相談終りなかんじ?
「え?帰っちゃうの?」
「えぇ。あなたに昨日付き纏っていた霊は、鵟さんが引き受けて祓ってしまったようだし。私にできることはないようだわ。鵟さんの御守り(名刺)と賢治のお札があれば、とりあえずは大丈夫よ」
「え、でも……」
不安な気持ちが拭いきれない。最近、本当に霊に悩まされることが増えてきているのだ。昨日の足音はまだいい方で、酷い時はこの身体に触れてくることもある。
霊障を受けて具合が悪くなる頻度も増えてきている。
このままでは……どうにかなってしまうかも……。
そう思うと余計に不安が襲ってくるのだ。
「気をしっかり持ちなさい。生明。死者は生者の強い意思が宿る心にはめっぽう弱いのよ。気持ちで負けちゃだめ」
「でも……私……」
望桃の言うことは頭では理解できる。だが、目の前の怪異に立ち向かおうとする度に、私の心は幼き日の恐ろしい体験にフラッシュバックしてしまい〈 人ならざる存在 〉というものに及び腰になってしまうのだ。
恐ろしい体験……。こうして目を閉じるだけで、思い出してしまう。あの……何本もの黒い手……。
「怖いよ……」
襲い来る黒い手が眼前に迫ってくる記憶を振り払うように首を振る。
「大丈夫よ。大丈夫。あなたは変わっている。いつまでも昔の弱いあなたのままじゃないのよ。霊力も上がっているし、ほら……」
怯える私の肩を見て、望桃は優しい笑みを浮かべている。その顔はどこか“彼”と重なって見えた。
「貴女には“誰よりも強い味方”がいるじゃない」と、私の肩を指さして微笑む。
望桃の指さす先で、『私の存在を思い出し欲しい』と願い込められたように、私の肩がぽん!と叩かれた感触がした……。
私の背中にいるもの。
私を守ってくれるもの。
幼少の頃に出会い、それからずっと私のことを側で見守り続け、私を寄り付く悪霊から守ってくれていた存在。
「ハーちゃん……」
『ーー……』
二メートルはあるという巨大な女性の霊が、怯えから私を守るように後ろから抱きしめてくる。温もりはないけど、確かにその感触は私に強く安心感を与えてくるのだった。
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