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「ごめんなさい。スマホを見てたから、見間違えたみたいです。すみません」
「ながらスマホは事故の元といいますから。次からはこうした場所では気をつけなさい」
気が付けば尻もちをついていた。
目の前に革手袋を着けた手が伸びてくる。
差し出された手を握り返すと、軽々と引き起こされた。女性らしいながらも力強い。
あの瞬間の力の強さが腑に落ちた。
何か格闘技とかしているのだろうか。
起き上がり、先程は無視した相手の姿を見てみる。
サングラスをかけた、ベリーショートカットの女性。
パンツスーツが似合う素敵な大人な女性だった。
「すみません、ありがとうございます」
「怪我が無くてよかったですね」
何ともクールで大人びた印象の女性だ。
雰囲気が友人の灰塚望桃とよく似ている気がする。
ー ぽん!
と肩を叩かれ、我に返るとスマホを確認する。
まずい。そろそろ、電車が来てしまう。
「あ!すみません!電車に乗り遅れそうなので」
「えぇ。二度あることは三度あるといいます。今日は特に気をつけて」
信号機が変わったことをしっかりと確認して、二人で横断歩道を渡りきると手を挙げて、お礼もそこそこに別れを告げる。
自転車で駅に向かいながら、一度、振り返ると女性は口元に笑みを浮かべて手を振っていた。
ぺこりと会釈をして前を見る。
その間も、横断歩道を渡りきった女性の横ではタタタッ……!と軽快な足音が響いていた。
ただ、違和感があった。
あんなに自分を執拗に追いかけて来ていた足音が女性の横から動かないのだ。
「やばっ……。狙われてた自分を助けたから、あの女性が標的にされたのかも」
今一度、振り返ろうとした時、ぽんぽんぽん!と肩を叩かれた。
ネガティブアクション。いや、これは私の呟きに対する“否定”の意味か?
「女性が標的にされたわけじゃないの?」
ぽんぽん!と肩を二回叩かれる。次はポジティブアクション。肯定ということか。
「え?じゃあ、どういうことなんだろう……」
今一度、女性と〈人ならざるもの〉の様子を思い返す。女性は笑顔で手を振り、その横で〈人ならざるもの〉は足踏みをしていた。
あぁそういえば、女性は手をあげた方とは別の手を握りしめていた。まるでそう……こちらに向かって来ようとするものを引き止めるように……。
つまり……
「あの女性には、〈人ならざるもの〉の姿が見えていたってこと!?」
ぽんぽん!と二回。肯定の意味で肩が叩かれる。
別れた横断歩道を振り返ると、そこにはもう女性の姿はなかった……。
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