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従業員出入口を出ていく真木の後ろ姿を見送りながら、店長は小さく笑みを浮かべる。
「あの子がいれば、うちの店は安泰だな」
「そっすねー。ふぁ……眠っきっつ……」
そんな店長の呟きが聞こえたのか、ピークを終えたキッチン担当が出て来て頷く。
高校一年生くらいの子だ。
髪をアップでまとめ、ピアスとカラコン、そしてバッチリメイクが印象的な華奢な子。
そんな子が手に電子タバコが握って、店長の横に気怠げに立っていた。
とても、さっきまで鬼のような伝票ラッシュを捌いていた人物とは思えない。
とはいえ、その実力は本物。今は一区切りついたので、これからスイッチをオフにして一服するつもりなのだろう。
「ミサキちゃん。未成年はタバコ吸っちゃダメなんだよ?」
「未成年じゃねぇし。オレ、今年で二十二歳。って、このやり取りまだやんないとダメ?もう入社して半年経つんだけど?」
「悪い悪い。ミサキを見るとつい、意地悪したくなるんだよ」
「年下捕まえて意地悪するのが?ったく、いい趣味してるわ」
小さくボヤキながら、タバコを探してポケットを探る。しかし、どこにもお目当ての物の感触がない。
電子タバコ本体はあるのに肝心の葉っぱがなかった。
「あーやっべ、車に置いてきたかー」
「俺のやるよ」
「おー、あざす。さすが、店長」
「お礼お礼。ミサキちゃんと生明ちゃんのお陰で、うちは回ってるみたいなもんだからね。新人が多い店で、ここまで上手くいってる店もそうそうないよ。二人には感謝しかない。いつもありがとう」
「う、うっす……」
タバコと共に贈られる感謝の言葉に、ミサキは少し照れたのか頬を染めて受け取る。
「でも、真木さんも来年受験でしょ?オレはフリーだから余裕あるけど」
「そうだねー。また、いい子が入ってくれるといいけどね」
「真木さんほどの子は中々いないっしょ。いっそ、社員に勧誘したらどうです?」
「いや……彼女は彼女で夢あるらしいからね。応援したい」
「あー、アパレルとか?」
「いや、弁護士」
「ギャルなのにぃ!?」
「いや、ギャルとか関係ないから。それに彼女、結構頭良いみたいだよ?」
仕事見てれば分かるでしょ?と店長は笑った。
ミユキもそれは分かるのか頷く。
ただねぇ……とミサキは少し曇った表情で生明の駆け回っていたフロアを眺める。
「何か時々、彼女って突然キョドる時あるよね」
「え?あるっけ?」
「うん……。突然、立ち止まって青ざめてたり、深刻そうな顔したり、肩に触れてブツブツ言ってたり。何か人に相談できないような悩みとかトラウマとかあるのかも。それが足を引っ張らなきゃいいけど……」
「そりゃ、誰だって人に言えない悩みや秘密の一つや二つあるでしょ?ねぇ、ミサキちゃん?」
「……っんだよ。こっち見んな!変態!」
「うぐおっ!?」
「小休いってくる!」
「お、おぉ……。迷子になんなよー」
「子供扱いすんな!」
にっこりと笑って覗き込んでくる店長の鳩尾に肘を入れると、肩をいからせミサキは裏の喫煙所へと消えていった。
「はは……。やっぱ、未沙貴“くん”をイジるの楽しいわー」
その背中を見送りながら店長は笑みを浮かべると、抜けた穴を埋めるために厨房に入って調理を行う。
「うーすっ、戻りましー……お、店長が厨房に出現だ。相変わらず背中かっけぇなー。惚れてまうやろ」
「遅いぞー」
「いやー。ついつい続きが気になって」
「就業中に携帯小説読むなー。それもう、小休じゃなくてガッツリ休憩だろうが」
「うん!お陰でタバコも空になっちゃった!てへぺろりん!」
「おまっ!?俺の楽しみを!」
ミサキが戻ってきてからも二人は仲睦まじく弄り合いながら調理をこなしていく。
閉店までまだ四時間。居酒屋の夜と共に二人のじゃれ合いはまだ続くのだった。
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