問1

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そのまま、無謀にも一切前を向くことなく、夜の道を全力で漕いでいく。 ー タッタッタッ……! 「思った通り!後ろを見ている間は着いて来れないっぽいね」 音の位置からおおよそ、立ち止まっている場所は分かっていた。 公園から出てから数度振り返った時に、僅かに離れていることも確認していた。 つまり、相手は『だるまさんが転んだ』と同じ動きをしている。ただ、音から察するに足踏むような動きはしているようだが……。 しかし、このまま行ってもいずれは前を見なくてはいけない。 家まで数回は道を折れ曲がる。 このまま後ろを見ていては、壁にぶつかる。 そう、今まさに後ろを睨んでいる生明の前に、民家の塀が迫ってくるように! 前を見なければ、壁にぶつかる。 しかし目を後ろから反らせば、後ろの何かが迫ってくる。 もう曲がらなければならない!というタイミングで、ぐっ!と生明の手に力が籠る。 その力は握られたハンドルから前輪へと伝わり、まるで見えていたかのようにスイッ……と方向が変わった。 その後も後ろを見ながら、生明はスイスイッと入り組む路地を抜けていく。 やがて自宅に到着すると、駆け足で玄関に飛びつくと鍵を開けて中へと飛び込んだ。 そのまま静かに、音を響かせないように扉を閉めた。 息を殺して、扉越しに外の様子を伺う。 ー タッタッタッタッタッタッ…… 家の前を軽快な足音が走り抜けて行く……。 足音が遠ざかり、やがて何も聞こえなくなったことを確認した生明は扉に背中を預けるとズルズルとその場にしゃがみこむ。 「っ……はぁー。こんなばっか……。マジつら……」 ようやく緊張から解放された安堵からか、ため息と共に涙が浮かび視界が歪む。 ー さわさわ…… そんな生明の気持ちを察してか、頭を撫でるように優しい感触が触れる。 「うぅ……!ハーチャーン!もうやだよぉ!しんどいよー!」 ー なでりなでり…… 真木は空虚に手を伸ばすと、手に触れたものにヒシと抱きつく。抱きついた。何もない空虚に。 しかし、確かに“何か”がそこには存在していた。 生明の抱きついた腕が埋めた顔が、確かにその存在を間接的にだが証明している。 姿の見えない何か。俗に〈 この世ならざるもの 〉と呼ばれるものに。 それが、真木生明が隠す『誰にも言えない秘密』であった。
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