プロローグ

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「龍一、女子トイレに入ったの?」 そんなことを聞いて、龍一がへそを曲げると悪いので、美百合はけして口にしない。 代わりに、 「どこにも行ったりしないわよ。ちょっと気分転換に外に出てただけ」 と唇を尖らせてみせた。 龍一はハァーッと地の底に潜り込みそうなため息をついた。 「気分転換したいなら俺に言え。ひとりで出歩くなと言ったろう」 「だって龍一ってば、夢中になって聴いてたじゃない。邪魔しちゃ悪いと思ったのよ」 「お前を邪魔に思うわけがない。それに夢中になってもいない。ちゃんと周囲の警戒は怠らなかった」 そう言いながら龍一は、めずらしく困惑しきった顔をした。 「俺の目を盗んで動けるのは、美百合お前だけだ」 「別に目を盗んでるつもりなんかないわよぉ」 龍一はかつて、世界最高のスパイとして働いていた。 そんな彼に気づかれることなく行動できるのは美百合だけだと龍一は言うのだが、美百合にはそんな自覚はない。 そりゃあ、ちょっとは忍び足で出てきたが、別に特殊な訓練を積んだ忍び足なんかではない。 これは美百合がという問題ではなくて、おそらく仕事を引退した龍一の勘が、最近鈍ってきているだけなんじゃないかなぁと思ったりする。
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