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御朱印一〇〇体
「やった……」
汗をぬぐって、彼女は小さくガッツポーズした。
妙齢かつ独身の彼女が勝ち取ったのは彼氏でも婚約者でもなく、御朱印一〇〇体。細かいことだが、御朱印を数える単位は正しくは個でなく「体」。好みの男性がいても好き避けばかりしている彼女が、ご利益を求めて日本の北から南まで巡りに巡って集めに集め、気づけば目標になっていた一〇〇体だった。
と、彼女の脳内に声が響いた。それは中年女性のような声だった。
「手段が目的化したと言うべきか。特別に私が声をかける許しを得た」
「な、何これ? あなた誰ですか?」
戸惑う彼女にそれは答えた。
「私はおまえの守護霊だ。おまえが結婚できるまで具体的にサポートするから、生き方を改めるように」
「ま、まさに霊験あらたか! ありがとうございます! 私、好みの男のヒトがいても逃げ回るばっかりで」
「判っているというか、ほとほと呆れている。私に期待しろ。存命中は百戦錬磨の仲人おばさんだったし、お節介が大好きなんじゃ」
「いつの時代の、どこの人の口調なんですか?」
そんなことを話しながら参道を歩いていると、後ろから声がかかった。
「すみません」
彼女は振り返って、ひとりの男性と目が合った。
まずまずの美青年。清潔な笑顔と身だしなみ。
「ハンカチを落としましたよ」
目を彼の手元へと移す。
「……あ、ありがとうございます」
彼女があたふたしながら受け取ると、彼は彼女と話したがるように話題をつないだ。
「あの、今日は御朱印集めでいいですか? 実は僕も趣味で……」
と、守護霊の声がした。
「この男はだめだ! この男は辞めておけ!」
「な、何か分かるんですか? この人は実はよっぽど裏表のあるひどい人なんですか?」
彼を置いて黙ってしまった彼女に、彼が申し訳無さそうな表情をする。
「すみません、ナンパみたいでイヤでしたよね。どうぞよい旅を……」
「あっ……」
立ち去る彼の背を見ながら、彼女は脳内で尋ねた。
「すごくよさそうな人ですよ? まだ追いつくからビシバシ助言して下さいよ!」
「……とにかくだめ」
はっきりしない守護霊を、彼女は問い詰めた。
「だから、どこがですか?」
「……彼の守護霊がイケおじ過ぎて私無理」
(了)
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