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03 ナイトの称号
三日後、獄舎で書いたご丁寧な反省文を渡し、入り口で待っていたノアと抱き合った。横でリチャードが睨んでくるが、綺麗さっぱり無視をした。
「手紙届いた?」
ノアがリチャードを気にしつつ言う。
「ああ、届いたよ。ありがとう。ノアのおかげで三日間、頑張れた」
「そっかあ……良かった。早く帰って昼食食べよう?」
「そうしよう。お腹空いたよ」
ノアはリチャードの元へ行き、ボウ・アンド・スクレープと呼ばれる挨拶を交わす。学園での挨拶は常にこれだ。
「ありがとうございました」
「午後からまた授業が始まる。二人ともしっかりと勉学に励め」
「はいっ」
リチャードの後ろに数人の副監督官がいる。よく世話になっているが、名前までは覚えていない。
「ノア、俺がいない間のことを教えてくれ」
「特別なことはなかったよ。いつも通りに授業を受けてお祈りをしてた。あっでも教団の方々がお見えになって、ちょっと異様な雰囲気だったかな?」
「教団? なんでまた」
「多分、学園の様子でも見に来たんじゃないかな? 寄宿舎にまでやってきて、ちょっと怖かったよ」
「儀式はまだ先だし、来るにしても時期がおかしいな……」
「でも教団の方々ってたまに来るよね」
「それは儀式があるときとかだろ? 今は何もない」
「言われてみればそうだけど……」
腹が空腹を知らせている。今は考えるよりも昼食が先だ。
学食にはダニエルの取り巻きたちがいた。こちらを見るが、特に何も言わない。
「ダニエルね、一週間の処罰に変わったんだ」
「三日じゃなかったのか?」
「揉めてた理由を聞かれて、洗いざらい全部話したら一週間に伸びた」
「同じ三日なら割に合わなかったから良かったよ。にしても、よくあいつが手紙なんて許したな」
「それがね、リチャード様から言ってきたんだ。『言伝があるなら伝えよう』って」
「……リチャード様?」
様付けなど、位の高い人へつけるものだ。違和感がある。
「バッジつけてたじゃない? 見てないの?」
「何の?」
「胸元にナイトの称号があったよ。すごいよね。教団直々のナイト様なんて」
教団関係者の中には、それぞれ称号持ちの人間が存在する。
称号は教祖が授与することになっていて、教団の中でもかなり位の高い位置に存在する。
一身専属権のものや、家系に授与され末裔へと引き継がれる称号がある。教団のためにならないと判れば取り上げられることもある。
ナイトは教団や教祖を守るための称号だ。
「そんな地位のある人が、なんで監督官なんかやってるんだ?」
「監督官だって位が高い方じゃない。過去にバッジ持ちの人が監督官をやってたときもあったし」
「けど、ナイトだぞ? 教祖様にわりと近い位置にいる人なのに」
「さあ……それはよく判んないね」
手紙の件もだが、リチャードという人物はもしかしたら話の判る奴かもしれない、とクリスは思うようになった。厳しくはあるだろうが、話は通じるし生徒の意見も届く。手紙の件はまだお礼を伝えていない。寮長兼監督官なのだからまた近いうちに会うだろう。そのときに礼を伝えようと決めた。
昼食はパスタとパン、鶏肉のステーキを皿に盛った。
これにはノアも目を丸くする。
クリスは一つ残らず食べ終えた。獄舎では質素な食事ばかりだったので、一気に入れると胃がはちきれそうになる。
昼食後は十三年生になってから初めてのクラスで、特別なことは何もない。またここで一年間授業を受けるだけだ。
四月に入って半ばを過ぎた辺りだった。
授業を終えたクリスはエマのいる馬房へ向かおうとしていたところ、ウィルが厩舎の前で佇んでいる。
遠くから見ても目立つ御姿だ。長めに伸びたブロンドヘアーを面倒くさそうに後ろへかきあげ、空を見上げている。
ウィルはクリスに気づくと、破顔して手を振った。
「獄舎へ迎えに行けなくてごめんな。体調はどうだ?」
「全然問題ないよ。迎えはノアが来てくれたんだ」
「そうかそうか」
ウィルはクリスの頭を強めに撫でた。
幼い頃からウィルはクリスを弟のように可愛がっていて、クリス自身も家族のように思われることに嬉しく感じている。
「ポロの練習か?」
「うん、そう。エマに会ってく?」
「そうさせてもらうかな。俺には懐かないだろうが」
「そんなことないって。エマは頭の良い子だから、優しくしてくれる人のことをちゃんと覚えるよ」
馬房からエマが顔を出している。
エマはクリスの姿を見つけると、顔を上下に揺すって感情を露わにした。
「おやつあげてみる?」
返事を聞く前に、クリスはウィルの手にいくつかのフルーツを乗せた。
「このベリーって、厩舎の回りになっていたものだよな?」
「そうそう。季節によっていろんなフルーツが実るから、勝手に取って与えてもいいんだ」
エマはクリスの手のひらへ顔を近づけ、あっという間に食べ終えた。
「ウィル、何か用があった?」
「用がなきゃ可愛い弟分に会いにきちゃいけないのか?」
「全然。来てくれるのは嬉しいけど、さっき厩舎の前にいたとき、ちょっと雰囲気がおかしい気がしたからさ」
「参ったな……まあそうなんだけど」
「話してくれよ。それとも俺じゃ頼りない?」
いつも話を聞いてくれるウィルだが、クリスも彼の役に立ちたいと思っている。
「エマの世話をしながらでいいから聞いてくれ。来週に神の御子の予備生を決める儀式があるだろう? クリスが選ばれているらしいんだ」
「なんだって? 僕が?」
エマから目を離すと、こっちを向けと言わんばかりにエマがどついてきた。
「お前が獄舎に入れられている間、教団本部の人がぞろぞろやってきたんだ。リチャードさんが教団のお偉いさんと話しているのを盗み聞きしたんだが、お前の名前があがってた」
「あいつに確認したのか?」
「リチャードさんが一人になったタイミングで聞いてみたら、『言うか言わないかはお前の判断に任せる』だそうだ。前情報があるなら言うべきだと思ったんだ。言わない方が良かったか?」
目がかすみ、足元がおぼつかなくなり急に軽くなった。
ウィルが腰を支えてくれた。心配そうに見下ろしている。
大丈夫だと、クリスはウィルの腕を押した。
「言ってもらえて良かったよ。何も知らずに名前が読み上げられたら、その場で心臓が止まってたと思う」
クリスはふと疑問が沸いた。ウィルは教団関係者との会話を盗み聞きしたのだ。ところがリチャードは、ウィルに対しお咎めなしで秘密裏にしなければならない内容を話してもいいというなんて、あるまじき言動だ。
背中を撫でる手が心地良いと感じながらも、彼の正体が気になった。
幼少の頃からずっと一緒の兄貴分で、悪さもした。ふたりで怒られるようなこともたくさんした。他の生徒は獄舎に入れられたり反省文を書かされたりしたが、なぜかウィルと一緒にいると罰を与えられることが少なかったように感じる。当時は気のせいと思っていたが、少し大人になり第三者の目線に立つと、奇妙さが際立った。
奇妙なのはリチャードも同じである。教団へ忠誠を誓ったナイトの称号持ちなのに、まるで儀式の内容を知られてもいいような物言いだ。
「あいつ……教団の犬だよな?」
「そうなんじゃないか? でなければあの地位にいないだろうし。それより、何かあったらすぐに呼んでくれ。大学部へ来たっていいんだ。お前のためなら俺はなんだってするから」
「ありがとう、ウィル。俺はそんなに弱くないし、大丈夫だよ。それより、なんとか予備生から外れる方法を考えてみる」
気丈に振る舞ってみせるが、ウィルは眉をハの字に曲げるだけで何も言わなかった。
無理なのはお互いに判りきっていた。例外は聞いたことがなく、決定事項は覆せない。
そう思わなければ、地に足をついていられなかった。
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