06 女王と予備生

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06 女王と予備生

「とりあえず倒れた生徒を助けて床に散らばった皿を片づけ、何事もなかったかのように朝食に戻るつもりだった。今度はこっちの番。薔薇の階級って知ってるか?」 「ある程度は学園の関係者に聞いた」 「ある程度はってことは、すべてを知ってるわけじゃないんだな」 「教えてくれ」  リチャードは自分の口元をとんとんとたたいた。  意味が判らず呆けていると、腕が伸びてくる。食べかすがついていたようだ。  制服の袖で顔が赤くなるほど擦った。 「いつそういう制度ができたのか知らないけど、薔薇の女王様になった生徒は他の生徒に貢ぎ物を要求するんだ。できなければ、奴隷として扱われる。生徒からのいじめ、無視、学園からの追い出し」 「追放は一個人でどうにもならん問題だ」 「まあそれは女王を持ち上げるための方便みたいなものだ。アメデオを囲っていた生徒は、貢ぎ物をして女王に近い存在になった奴ら」 「奴隷になった生徒は?」 「……言いたくない。悲惨な目にあう」 「おおよそ理解した。まるでカースト制度だな」 「カースト?」 「異国の身分制度のことだ。ピラミッド式になっていて、属する階級によってつける職業が違う。法律上すでに撤廃されているが、民間はそうはいかない」 「この学園とおんなじじゃん。『バカげた掟はやめろ』なんて言う教師はいたけど、翌日にはいなくなってた」 「お前ならどうする? 例えば、ノアが貢ぎ物を要求されたら」 「予備生の権限を使ってアメデオを追い出そうかな」  わざと明るく言うと、リチャードの瞳は色濃く鮮やかになっていく。  いい気味だ、と思った。クリスも同じくらいに悩んで悩んで悩んで、ここにこうしている。 「もっと落ち込んでると思ったか? 神の御子ならともかく、予備生にそんな権限なんてないのは判ってるよ」 「眠れないほど滅入っているようには見えるな」 「っ……気のせいだよ。それより、予備生になったことを僕に話してもよかったのか? プロテインバーの件もだけど、生徒に甘すぎないか?」 「お前にしか話していないと言っているだろう。他言無用だ。お前のことだからなんとか予備生を逃れようとするだろうが、例外なく決定事項だ。これに関しては諦めろ」 「……これに関しては?」 「いいか。来週には予備生の発表がある。暴れたいほど心が荒むだろうが、頼むからおとなしくしてくれ」  そのあと、これでもかと彼に質問やら暴言やらポロや勉強の話をした気がする。気がするというのは、クリス自身、言うだけ言ってすっきりしたかったからだ。要は八つ当たりのようなものだ。なのにリチャードときたら、すんとした顔で軽く交わすだけだった。楽しんでいるようにも見えた。最後には僕のエマはどれだけ可愛いかと事細かく指導には関係のない話をして出た。エマが可愛すぎて自慢したかった。  ただ最後に「誰にも話すなおとなしくしていろ」と念を押すので、それに関しては頷いて約束をした。  薔薇の階級など、教師が決めたわけでもなんでもない。生徒の間で広まったことだ。いわばいじめの延長線である。弱者を見つけていたぶり、役に立ちそうなものを側におく。やっていることはダニエルと変わらないが、教祖ですらどうにもできないことだと知り倒れそうになった。  薔薇の階級や貢ぎ物で何をしているのかクリスは詳しく知らないが、予備生の中で神の御子に選ばれたのに隠し通そうとした生徒がいたらしく、それを見つけたのが薔薇の女王だった。  教祖は『悪くない子供の遊び』ととらえ、常識の範囲内で放置している。  そして一週間後──。  大聖堂で神の御子になるための予備生が発表された。神のお告げにより適性を兼ね備えた者たちが選ばれたと言うが、クリスにはさっぱり理解が追いつかない。基準が適当すぎて見えてこない。  そして選ばれたのはクリスを含む、合計九人の生徒だった。  同じく選ばれたのはアーサーだった。お調子者なところがあるが、筋が通っていて人を助ける優しさも持ち合わせている。  彼もまた変な声が漏れている。信仰深くもないアーサーを選ぶとは、神のお告げはますます理解不能なものになった。   大聖堂の真ん中でそれぞれ説明を受けている間、リチャードと目が合った。  プロテインバーの分はおとなしくしているつもりだ。試しに声には出さず『プロテインバー』と唇で形作ると、彼は頷いた。読唇術も得意なようだ。癖になる味は、できればもう一度食べたい。次は水と一緒に。 「予備生・クリストファー」  名前を呼ばれて、クリスは優雅に一礼した。今なら暴れて大聖堂を破壊できる。けれどそれを行うのは得策ではない。  逃げ道は今のところないが、必ずしも神の御子に選ばれるとは決まっていない。  本当に神がいるのなら、とクリスは天を仰ぎ、短い祈りを捧げた。  寄宿舎へは帰らず、選ばれた予備生たちは予備生が入る寄宿舎へ移ることになった。  十四歳までの九年生は南地区、十八歳までの十三年生までが西区、そして予備生に選ばれた生徒は東地区へ強制移動となる。他には守衛や監督官がいる建物もあり、完全に監視下に置かれた状態だ。  移動している最中、地獄の登竜門を通過している気分だった。  予備生たちが使う部屋であり、監督官たちの厳重な警備という名の監獄内で授業を受け、優しい先生の元で儀式がいかに神聖なものかを学ぶ。  左手には新しい腕輪がつけられた。腕輪を変える必要はあるのか、と見た目武道派の例の男にマシンガントークを繰り広げたが、すんとした顔をされ綺麗に無視されてしまった。  たがだが腕輪なのはクリス自身も判ってはいたが、ただの子供の八つ当たりだ。リチャードもそれを知った上で罰も与えず放っておいたのだろう。  ロビーでひと通り説明を聞いた後、学園長は呆れた様子で口を開いた。 「リチャード様、あれほどの問題児がなぜ予備生に選ばれたのですか? 教祖様の希有な娯楽としか思えません」  きっと睨むと、学園長はたじろいだ。 「判りかねますね」  呆れたようにリチャードは答える。 「悪かったな、問題児で」 「なんだ、自覚があるのか。無意識よりは幾分かましだな。日頃の行いをもう少し改め、予備生らしい行動を心がけろ」 「クリス、部屋に戻ろうぜ」  アーサーは話を遮り、クリスの腕を引っ張った。  アーサーとはクラスも違い、仲が良いわけではない。だが彼も表立って空気を読み、切り抜けようとするタイプだ。それほど話したことがあるわけではないが、不思議と馬が合った。  部屋は装飾も派手であり、風呂やトイレは完備、お祈り用の部屋まで用意されている。  美しい女性のような風貌を持つ像が、祈りの祭壇に居座っている。見た目は女性に見えても、男性の像だ。 「どうして……俺が……」  お祈りもよほど暇なときしか捧げない、そもそも信仰深くない。こんな人間が選別されるのは、裏で良からぬものが動き出しているとしか思えなかった。
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