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 連休初日に、兄は実家に帰ってきた。いてもたってもいられず、理は予定時刻の一時間も前からバス停で待っていた。 「お帰り、兄さん」  まさか待っているとは思わなかったのだろう。文也は目をぱちぱちと瞬かせていた。 「サプライズ成功だね」  ぼそりと言うと、文也は嬉しそうに微笑んだ。 「何分待ってたんだ?」 「そんなには待ってないよ」  文也は理を軽く小突いた。嘘を見破られたのが嬉しくて、理は兄の荷物を持って、先に歩き始めた。 「荷物、軽いね」 「ん? うん。だって服とか、理のを着ればいいだろ」  理はまじまじと、文也を見つめ、それから自分の洋服が詰められているタンスの中を、思い出した。  ダメだ。兄に着せられるような服なんて、ない。襟ぐりが伸びたり、少しシミが残っているTシャツなんて、着せられるわけがない。  毎回、弟の気も知らず、適当な服を着まわす文也を見る度に、「俺の服を着ている!」と、興奮を隠すのも大変なのだ。  家までの道のりを歩いていると、ピロリン、とスマートフォンが通知音を鳴らした。 「歩きスマホはよくないぞ」  そう言う兄は、アプリゲームなどを一切やっていないので、連絡を取り合うだけの端末になっており、スマートフォンに依存する人間のことを、理解できない。 「大丈夫だよ」  連絡してきたのは、明美だった。今日早速、夏織を呼び出して話をしたらしい。 『もしかしたら、今もまだ続いているかも』  一応は明美にも、女の勘とやらが備わっているらしい。匂わせた昔の男の存在に、夏織は妙な反応をしたという。  やっぱりな。  理は唇を緩めた。これで連休中、夏織は兄に連絡を取ることもないだろう。「浮気」というキーワードは、女を臆病にする。「する」側ならなおのこと。  弟の表情変化を、文也は見逃さない。 「なんだか嬉しそうだな。彼女からとか?」 「まさか」  彼女なんていない。いらない。俺には兄さんがいてくれたらいい。  本心はすべて、長い前髪と眼鏡の奥に隠して、理は最愛の兄に向かって、微笑んだ。
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