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「ああ、はい。そうなんすよ。オレのこと、なんかやらしい目で見てきて……」  だるそうな口調で、理は母家から、固定電話を使用して市役所に苦情を入れていた。母はまだ、寝室でぐっすり眠っている。  もう一方の手では、スマートフォンを弄って、サイトから送るメールの本文を入力する。後から適当なフリーメールのアドレスで、時間をずらして送信するのだ。  百合子に乞われ、理は夏織への嫌がらせを考えて、実行していた。折り返しの電話がいるとき以外、番号は控えていないと言っていたが、念のために非通知である。 「え? ああ、別に謝罪とかいいんで。あの人、えっと、フルカワさん? え? コガさん? まあどうでもいいけど、その人にちゃんと注意してもらっといていいっすか?」  それだけ言って、理は電話を切る。同時に作成していた文面は、ヒステリーな主婦が、なんとか怒りを抑えて送信した、という体のものができあがった。  読み返して、笑った。まさかこれを、男子大学生が掻いたとは思うまい。自分の隠れた才能に、理はうっそりと笑う。  シナリオライターにでも、なるべきかな。  百合子は百合子で、職場で夏織の足を引っ張るようなことをしているらしい。この間、バーで会ったときに言っていた。メインは文也に、壁ドンをされたという話だったが。  壁ドン。壁ドンか。  まさか、兄にそんな芸当ができるとは思わなかった。虫も殺せそうにない顔をして、いつだって紳士的な文也が、壁ドン。いったいどんな顔でやったのだろう。  うらやましい。ものすごくうらやましい。兄よりも理の方が背が高いから不格好なものになってしまうだろう。しかし、壁に押し付けられてじっと睨まれるシチュエーションを想像するだけで、興奮してくる。  何せ、文也は自分には、兄としての顔しか見せない。彼の周りの女が全員許せないのは、自分の知らぬ文也のことを知っているからでもある。あいつら全員、死ねばいいのに。  つい力を込めて握りしめていたマートフォンが震えた。明美からだった。はぁ、と溜息交じりにメッセージに目を通した瞬間、理は端末を壁に投げつけた。 『知ってる? 夏織が妊娠したって』  理の中で、憎悪が渦巻く。恐れていた、最悪の事態だ。  夏織は女だというだけで、文也のことを独占できる術を持っている。  結婚、それから文也の子どもを妊娠すること。両方とも、理には逆立ちしたってできやしない。  怒りと絶望に、肩で大きく息をしていた理は、呼吸を整えてから、スマートフォンを拾い上げた。
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