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 明美は仕事をこなしてくれた。さらに、何も言っていなかったのに、彼女は新居の写真を撮影して、SNSにアップしていた。思わず口笛を吹く。最高だ。どうやって彼女の居場所を男に伝えるか悩んでいたが、手間が省けた。  夏織は、理の差し出した手紙をビリビリに破ったそうだ。たった一言にそこまで反応するということは、黒だ。だってあの手紙には、詳しいことは何も書いていないのだから。  消さなければならない。文也の血を引いているかどうかわからないお腹の子ともども。ついでにそう、百合子も。  暗い部屋で理は、パソコンに向かう。匿名のアカウントをいくつも作ってるため、間違わないように慎重になる。  このアカウントは、夏織の浮気相手(いや、本命か?)と目される男と繋がるために作成したものだ。明美が最初の頃に、「何度言ってもダメ男とよりを戻すのよね」と呆れつつ話したことを、理は忘れていなかった。  明美を問い詰めて、その男の名前を聞き出した。  長谷川彰。本名でSNSを利用している馬鹿だから、楽だった。有名人でも何でもないくせに、フルネームとは笑わせる。  奇抜なメイクをして、中指を立てている写真をアイコンにしている。そこそこいい年だということが、アカウント名の最後に置かれた生年を表す数字からわかる。  彼は公開アカウントで、恋人の愚痴を垂れ流していた。それを聞き流さずにリプライを送って励ますことで、彰はすぐに心を許していった。  三十を過ぎてこのメンタルは痛すぎて、古くからの知り合いには切られたのだろう。彼は今、慰めの言葉、同調の言葉に餓えている。そこにつけこんだ。  彼のいう恋人が、夏織だということはすぐに確信を得た。彰の中では、夏織と別れたという認識はないらしい。喧嘩をしてしばらく連絡を絶っていたら、メッセージに既読もつかなくなったし、電話も通じなくなったという話をされた。それを自然消滅と言うんだよ馬鹿が、とは言わなかった。 『部屋にも行ったけど、空き家になってた』  他に男ができて、そいつと同棲でも始めたんじゃないか? 慰めながらも理は煽っていく。  頃合いを見計らって、理は明美がSNSに上げた写真を添付して、彰にダイレクトメッセージを送った。 『これって長谷川さんの、彼女じゃない?』  彰はよく、会いたいだのというコメントとともに、夏織の写真をアップしていた。だから、理が夏織の顔を知っていて、メッセージを送信しても、何らおかしいところはない。  すぐに、「ここはどこだ」と返事が来る。ここで具体的な住所を出しては怪しまれる。事が成ったときには、登録アドレスごとアカウントを消す予定でいるが、念には念を入れなければならない。  自分はもう、あのときのような幼い子供ではない。慎重に行動するべきだ。  まだ新しいマンションみたいだから、と、市内の新興住宅街の名称を送信した。勿論、文也たちの住むマンションは、実際にそこに建っている。  文也に危害を加えるわけにはいかないので、理は「その写真を載せてたアカウントを掘ってみたんだけど」と前置きをして、夏織がすでに退職しているという情報も伝えた。  市役所に行っても会えない。昼は家にいるはずだ、という情報も与える。 『昼間の方が、人の目があるから相手も話をせざるをえないだろうし、その辺うろちょろしてみたら? 会えるかもよ』  文也が働いている昼間に、夏織と遭遇するように仕向ける。後は、事の成り行きを見守る。  彰が夏織と出会ったときに、何が起こるのか、理にも正確なところはわからない。だが、これまでの経験から、最悪な結果になる可能性があることを、知っている。  そしてそうなることを、期待しているのだ。  理は眼鏡を外して、椅子の背もたれによりかかり、目を閉じた。
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