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わたしは『自分の本』を決めなければならない。
もう長いこと、ここにいる。けれど、まだ決めることが出来ないでいる。
ここはどうやら図書館のようだ。
とてつもなく広く、どんなに歩いても終わりがない。
随分と明るいが、採光のための窓がどこにあるのかもわからないし、
照明もない。
ただただ途方もない数の本棚が整然と並んでいて、
わたしはこの中から『自分の本』を決めなければいけないのだ。
「いかがですか?」
はじめからずっと付き添ってくれているガイドに言われて、
わたしは「ごめんなさい。」と思わず答えてしまっていた。
「謝る必要はありません。じっくりお決めになってください。あなたの大切な次の人生ですから。」
「そうですね。でも、あらすじしかないたくさんの本の中から次の自分の人生を決めなくてはならないって、ちょっと怖いというか・・・」
「皆さん、大抵はそうです。熟考される方も多いですよ。反対にあっという間に決められる方もいますが、人それぞれです。」
「ここに来る前の記憶?前の人生?っていうのが、やっぱり影響するのでしょうか。」と、わたしは尋ねた。
その問にガイドは、「それは大いにあります。」と大きく頷き、
「私はガイドなので分かりませんが、『自分の本』に出合うと光ってみえるらしいですね。ビビビッとくるってやつ?」と言った。
ここにくる以前のことは全く覚えていない。
ただ、前が終わったことと、次の人生のために『自分の本』を決めなくてはならないことだけ、この二つのことだけが何故かわかる。
ここはそのための場所だ。
わたしが考えている間にも、ガイドはにこやかに説明を続けていた。
「ジャンルもいろいろあります。「経済」とか「歴史」「科学」とか。ああ、「愛」とか「復讐」ものもありますから、やっぱり前は関係するんでしょうね。ガイドなんかやってますけど、私も知らないジャンルもいっぱいありますよ。気が付いたら新しいジャンルが増えてますので。」
「ジャンル・・・」
「ええ、とにもかくにもビビビッとくることが、前にやり残したことなのか、前とは一切かかわりたくないからなのか、どんな理由なのかはご本人にも分からないようです。なので、ただ探すしかないのですよ。本を。」
そういうものか。わたしは長い通路の先を見た。
「少し一人で歩いてみたいのですが、いいですか?」
「もちろん。必要な時はいつでも呼んでください。」
ガイドの姿が見えなくなり、辺りは静けさに包まれた。
わたしは通路を歩きはじめた。
しばらく歩いたところで足を止めた。この棚が気になる。
ジャンルの欄は空欄。棚には1冊しか本がない。
わたしはドキドキした。これだ。これが『わたしの本』。胸が高鳴る。
本に手を伸ばした。
その時、わたしの手が本に触れるのとほぼ同時に、隣に別の手が伸びてきて、わたしは思わず手をひっこめてしまった。
いつの間にか隣に誰かがいた。姿はよくわからない。でもどこかで会ったことがある。前のどこかで?
「あ、ごめんなさい。」隣の人が言った。
「こちらこそ、ごめんなさい。これが『自分の本』だと思ってしまって。」とわたしも続けた。
「自分もなんです。気のせいだったかな。随分あちこち探して、やっと出会えたと思ったんですけどね。」そう言って隣の人は恥ずかしそうに微笑んだ。
「わたしも同じです。」わたしも微笑んでいた。
すると、先の見えない長い通路だったところに、突然扉が現れた。
「珍しいことが起こりましたね。」
声に振り向くとガイドが立っている。
「通常はお一人様につき一冊なんですが、稀にあるんですよ。共著っていうんですかね。複数の方で一冊仕上げる。私もガイドやってて、そうそうないパターンなんですが、いや~、久しぶりだな。」
「共著・・」わたしは思わずつぶやいて隣の人を見た。
隣の人の目が輝いて見える。この人とわたし、二人で書く次の人生。
そう、わたしたちはこの本を探していた。決まりだ。
ガイドは、わたしたちと棚のジャンル欄を交互に見比べながら
「ジャンルは、あ~「運命」か。なるほど。そういうことか」と、
独りで何か納得した様子で、
「お二人で「運命の一冊」を書き上げてください。」と言いながら満面の笑みを浮かべ勢いよく扉を開けた。
「では、いってらっしゃい。」
ガイドに促されて、わたしは隣の人と扉の向こうへ進む。
わたしたちの運命が、今はじまった。
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