2人が本棚に入れています
本棚に追加
五年前。
経済という欲望に踏みにじられ、ヒューマニズムは時代とともに停滞し、低俗化した。
第二次大戦後、日本という民主主義国家を樹立させた合衆国さえ、経済という欲望に翻弄されて、国家の理想とした民主主義を忘れた。政治も知らぬ者が財力で大統領選に出馬し、経済優先の過激な発言で国民を扇動し合衆国大統領になった。そして、過去に掲げていた民主主義の旗を下ろし、合衆国は国防に奔走した。
予想どおり、合衆国は海外企業を国内から締めだし、外国人労働者を締めだした。合衆国は世界の警察の立場から撤退し、量的に経済を維持しているだけの第三国に成り下がっ
た。しかし、過去の栄光にしがみつき、気構えだけは大国だった。
合衆国が弱国になりはてた結果、発展途上を自称する後発大国の中国と、古参大国を自称するロシアがのさばり、ロシアと中国と朝鮮が太平洋に進出した。世界の警察がいないため、中国は日本とASEAN諸国に対立し、中国と親しい朝鮮は韓国と日本を挑発して韓国が挑発にのった。韓国はこれまでの反日政策をひるがえして日本に援護を求め、ASEANにも援護を求めたため、朝鮮は大々的に韓国と日本を攻撃した。先制攻撃を受けた韓国国防軍は壊滅した。この機に乗じ、中国が海洋進出をめざしてASEAN諸国へ進出した。
「ついに始まった!逃げるぞ!」
日本海へ侵攻した中国と朝鮮の艦船からミサイルが飛んでくる。
「どこへ逃げるの?巡航ミサイル攻撃よ!新幹線も高速道路も破壊された!自衛隊は防衛できないよ!」
「とにかく、都心を離れよう!」
ヨダ隆博士とヒロコはトレッキングへ出かけるような身支度をして家を出た。
ワゴンに乗って首都高速の下を走った。首都高速は至る所で寸断され、反対車線をミサイルランチャーを搭載した迷彩色の大型トラックが迷彩色の装甲車に囲まれて最寄りの駅前広場へ移動して行く。道路は都心を脱出する車でごった返し車間距離はない。自衛隊の広報車が反対車線を移動してきた。
「朝鮮が大陸間弾道核ミサイルを発射する!ただちに地下鉄に避難せよ!」
「あり得ないわ!そんなことしたら、世界が崩壊するわ!」
ヒロコがヨダ博士に叫んだ。
「とんでもないことになったぞ!」
日本を攻撃するなら主要都市を攻撃するはずだ。そんなことしたら放射能汚染が偏西風に乗って太平洋を越えて米大陸から全世界へ拡がる。核攻撃の連鎖が起り世界が破滅する。
カーブで、前方を走るゴミ収集車がブレーキをかけた。ヨダ博士はあわててハンドルを切ったが、博士のワゴンはゴミ収集車のバンパーに追突して待避場に進入し、そこから地下駐車場へ入った。
「ねえ、タカシ!ここなら、核ミサイルの放射線と衝撃波に耐えられるわよね!」
「わからない。入口があれだからな」
ヨダ隆博士はワゴンを停止して窓ガラスを下げ、駐車場の入口を示した。駐車場にいる人たちの何人かは、ヨダ博士と同じバイオテクノロジー総合研究所に勤務する科学者だ。
「ここも危険だぞ!都心から出た方がいい!核攻撃されるまで、まだ時間がある。
自衛隊も大陸間弾道核ミサイルを持ってる。向こうが攻撃すれば、こっちも攻撃する」
そう叫びながら、バトルスーツ姿の男がスーツの男とともに近寄ってきた。
「着弾するまで、核ミサイルかどうか、わからないぞ!」
ヨダ博士は大声で言った。核ミサイルなら、着弾と同時に終わりだ。
スーツの男がヨダ博士に顔をむけた。サングラスをかけているため表情がわからない。
「日本の気象衛星、商業衛星、すべての衛星が情報収集してる。朝鮮のミサイルの種類も、中国のもロシアのも把握してる。衛星防衛システムで、攻撃してくるミサイルを大気圏外で迎撃する。同時に地上からも迎撃ミサイルで攻撃する」
「なんで、そんなことが言える?」
「私がそう指示した。奥多摩に政府の核防衛施設と総合科学総合科学研究所がある。保護してもらえ。ヨダ博士」
なぜ、この男は私の名を知っている?私はこの男と面識はない。ヨダ博士そう思った。
「あんたは?」
「防衛省のコムラだ」
コムラ・ジロウは防衛大臣で自衛隊総司令官だ。コムラがなぜ、数人の護衛とともに、この地下駐車場にいるのだ?
「昨夜、妻に会うため帰宅した。その後の有様は、博士も知ってのとおりだ」
コムラはヨダ博士の思考を読んだかのごとく、状況を説明した。
「わかった。大臣も奥多摩の核防衛施設へ行くのか?」
「私は防衛省へ行かねばならない。博士に警護車をつけよう。先に出発してくれ。アカバ、我々の警護車を一台、博士の警護にまわせ」
「了解。警護車は一台、ヨダ博士の警護にまわれ。白のワゴン、車両ナンバーは・・・」
バトルスーツ姿の男が連絡している。携帯を取りだしながらコムラが言う。
「博士、早く行け。護衛はあとから追いかける」
「わかった!」
「対空防衛シールドを多重に張れ!衛星防衛システムは完璧か?」
コムラの指示を聞きながら、ヨダ博士はワゴンを発進させた。
ワゴンは地下駐車場から出て幹線道路を避け、奥多摩へ走った。しばらく走ると、ゴミ収集車との衝突で駆動部に支障が出た。エンジンの動きが鈍りワゴンを路肩へ寄せるとエンジンが停止した。
「くそ!こんなときになんてことだ!」
ワゴンを降りたヨダ博士の前に、後続の車列から抜け出た黒い大型ワゴンが停止した。
「博士、時間がない。大臣から、避難箇所へ行くよう指示される。急いでください」
スーツの襟に防衛官バッジをつけた男二人が、ヨダ博士とヒロコを黒いワゴンに乗せて近くの丘陵地にある住宅地の一軒家へ案内した。
「ここは防衛省の施設です。地下に核シェルターがあります」
男に案内されて地下の核シェルターに入ると、先ほど駐車場で見た数人がいた。その他にも見知った科学者が何人かいた。人々にあいさつしようとした瞬間、閃光で目が眩み、ヨダ博士の意識が消えた。
ヨダ博士は思い出した。あの時、私とヒロコは身体を失った・・・・。
最初のコメントを投稿しよう!