3 共存・緑の壁

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3 共存・緑の壁

 二一七〇年九月。  人類学者、オオスミ・ゴロウ教授の調査団が、アマゾン川の奥地、地球最後の秘境と呼ばれる地帯へ調査に入った。  調査団には二つの目的があった。  一つは未開の地で生息している土着の人類の調査であり、もう一つは、同じ目的のため、二〇二一年に調査へ出たまま行方不明になった日本人人類学者マツウラ・トミオとナオコ夫妻の子孫を発見することだった。  一ヶ月にわたる調査の最終日、調査団は、日本人人類学者の末裔・マツラと名乗る一族・十三家族を、巨大な樹木が繁茂する密林に発見した。  周囲の植物生態系はアマゾン流域の熱帯雨林と異なり、全てが巨大化していたため、マツラ一族の村は密林の樹冠に隠れ、これまでの可視光線はおろか、赤外線や紫外線による空撮では発見できなかったのである。  調査団は、文明から隔絶された種族が未知の細菌やウイルスを保有している場合を想定し、事前に医療チームを編成していた。  医療チームはマツラ一族を徹底的に調べた。その結果、一族は文明圏の人類が保有している全ての細菌やウィルスに対して、抵抗力がないことがわかった。  調査団に同行したアントニオ・ジッタ教授が言う。 「文明から隔絶されていたのは一世紀半、五世代から七世代だ。その間にマツウラ夫妻が持っていた病原菌に対する抵抗力を、完全になくすことなどありえない・・・」  教授はマナウスのWHO国際伝染病研究所の所長で専門は感染症病理学である。今回、前人未踏の地を調査するにあたり、未知の病原菌調査研究のため調査団に加わった特別研究者で医療チームの責任者だ。 「一族の長老、マツラ・ゼンゾウは、密林から出ると災いが起こる、と言っている。  教授、彼らを文明圏へ移動するなら、予防接種が必要か?」  オオスミ・ゴロウ教授はアントニオ・ジッタ教授にそう質問した。  マツラ一族は、文明から隔絶された地で、子々孫々一世紀半にわたり、日本人の子孫として生きつづけてきた。彼らの歴史は人類学的にも医学的にも貴重だった。  オオスミ・ゴロウ教授は、一族が一世紀半前の日本語を話すのを確認して、聞き取り調査が可能だと判断していた。 「調査研究のために、君の病院が彼らを収容してくれると、とても助かるのだよ・・・。  あの調査用インフラがあっても、この環境だ・・・」  オオスミ・ゴロウ教授は、調査団が居住しているスペースコロニーのような巨大トレーラーハウスの調査研究用インフラを目で示した。  インフラ周囲の密林は昼でも陽が射さぬほど樹冠が生い茂り、気温は高く、地面近くは今にも雨が降りそうな湿気だ。インフラの外壁には大きなヒルや昆虫、菌糸などが貼りついている。 「細菌やウイルスに対する抵抗力が無い彼らが、なぜこんな所で生活できたのだろう?」  アントニオ・ジッタ教授は様々な生き物がいる地面を見つめた。細菌やウイルスがいないはずが無い。 「わからんな・・・。彼らに訊くしかなかろう・・・」  オオスミ・ゴロウ教授の疑問も、アントニオ・ジッタ教授の疑問と同じだった。  現在、マツラ一族は調査団が彼らを発見する以前と同様に、地上から数メートルの高さの樹上ハウスで生活している。  オオスミ・ゴロウ教授がマツラ一族に、 「なぜこれまで、巨大な樹木が繁茂する密林で生活できたか?」  と、理由を訊こうとした矢先、調査団の半数以上が原因不明の発熱と嘔吐と下痢に見まわれた。一族を発見して三日めだった。  調査団は感染症予防の防護服着用で一族に接触していたため、直接接触していなかった。  医療チームは発症した調査員たちを調べたが原因はわからなかった。  アントニオ・ジッタ教授は、万全の措置を講じるよう医療チームに命じ、 「彼らは一五〇年前に行方不明になった日本の人類学者夫妻の子孫だ。  医学的にも人類学的にも貴重な存在だ。何としても彼らと発症した調査員を救え!」  マナウスにあるWHO国際伝染病研究所へ、マツラ一族と発症した調査員の隔離と治療を要請した。  要請に応じ、WHO国際伝染病研究所は専用大型ヘリでマツラ一族と発症した調査員を、マナウスのWHO国際伝染病研究所総合病院へ移送し、隔離病棟に収容した。
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