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「祭りにですか」
「あぁ、これから一緒にどうかと思ってな」
翌朝、ローラント家にお忍びでやってきたルイスは目の下に大きなクマをつけていた。
「勿体ないお言葉でございます。しかし、ご迷惑をお掛けしてしまいます。」
ユツキが控えめに断る
「大丈夫さ。今まで春祭りには行ったことがないんだろう?」
「えぇ、まぁ」
ルイスはそう簡単に引き下がらない
「春祭りはたくさんの花にたくさんの屋台が立ち並んでいるんだ。きっと気に入る!」
「…そこまで仰るなら」
渋々そう言っているように聞こえるがユツキの口の端が少し緩んでいた。
ルイスはその小さな微笑みで徹夜の眠気も疲れも全て吹き飛ぶ様だった。
「それでは行って参ります。」
「えぇ、楽しんでおいでなさい」
ユツキの母、オリエ・グランデューク・ローラントが玄関まで見送りに来ていた。
ストレートの長い黒髪に吸い込まれそうな黒い瞳、黄色がかった白い肌はこの国のものではなく遠く離れたジパという小さな島のものだ。
大きな瞳はツリ目で気の強さが見て取れる
青色のラングレーズドレスが上品さを演出する
「粗相のないように頼むぞ」
「心得ております」
ユツキの父、アレクサンダー・グランデューク・ローラントは金髪碧眼のこの国お馴染みの容姿だ。
ミディアムほどの髪を後ろで結び正装に身を包んでいる
オリエとペアルックのような色使いで仲の良さが分かる
ルイスとユツキが出発すると二人は息をつく
「朝、お忍びで来た時は遂に息子と婚約するって仰るんじゃないかと思ったわ」
「まぁ、その話も満更ない話でも無さそうだ。末息子が一番先に婚約してしまうかもしれない」
「ふふ、でもご存知?もうすぐ春が来そうなこと」
「そうなのかい。では盛大に祝わなければならんな」
「もちろん!」
「ユツキ様、念の為こちらを」
ユツキの傍らにいるのはユツキの護衛兼執事のレイザー・コリンズ
ジョナサンの甥に当たる人物で無口で無表情だが良く仕えている
無造作に伸ばされた髪は黒く染められており切れ長の茶色の瞳は鋭利だ。
細身だが筋肉質で手足が長い
レイザーはユツキに薬の小瓶を渡した。
「不調があれば近くにおりますのでお呼びください」
レイザーはそう言うと瞬きをする間に居なくなっていた。
ユツキは道中、ルイス他愛もない話をしていた。
ルイスがユツキを楽しませようと屋台の話や城下の店の話をしてくれる
「ユツキの好きなジパ料理の店が出来てな?評判がいいらしい」
「そうなのですね。」
「屋台にはユツキが好きなりんご飴もあったぞ。いちごやオレンジをコーティングしたものもあったな」
「本当ですか?私はりんご飴しか食べたことがありませんでしたから、ぜひ食べてみたいです」
ルイスの話にユツキが相槌を打ちながら想像を膨らませる
「そういえば、珍しい屋台もあったな。大きな鉄板の上でパスタを焼いているんだ。そこにソースを混ぜて完成だった。たしか、ヤキソバ?というやつだった。」
「あぁ、焼きそばですね。たしか、ジパ料理だったと記憶しています。私も食べたことはございませんが、母上がとても美味しいと言っておりました。」
「そうなのか!あれがジパ料理…!ジパ料理は幅が広くてよく分からん」
「左様でございますね」
ルイスが大袈裟に困った顔をして腕を組みやれやれとジェスチャーをした。
それを見てユツキがふっと笑った。
ユツキのお忍び用の服はワイシャツにベスト
ブレザーを羽織る
髪をまとめて帽子の中に収める
黒髪は目立つので極力見えないようにするのだ。
紺色で纏められた色使い
全てスイレンが仕立てたものだった。
スイレンはユツキの姉でローラント家の長子だ。現在は隣国でデザイナーとして活躍している。
ルイスも帽子を被り、白いワイシャツに青いベストとかなり軽装だ。
道を歩いているとユツキの呼吸が少々乱れてきた。
「はぁ…はぁ…」
「ユツキ、大丈夫か」
ルイスは立ち止まりユツキの顔を覗き込む
顔色の悪いユツキを近くのベンチに座らせた。
ユツキはレイザーに渡された薬を飲み込みしばらくルイスに背中を撫でられる
「もう、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。」
ルイスは顔色の戻ったユツキの頬を撫でた。
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