四 吟遊人ゼルフ

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四 吟遊人ゼルフ

 洞窟を出ると歌うような声がひびいてきた。  へールのごとき大きさよ  ドルフのごとき知恵よ  サルークのごとき速さよ  嵐を越えて  暖かき流れも  冷たき流れも  全てが  遠き彼方の果てへ  ゼルフだ。停滞圏を漂い移動している。この洞窟群がある岩山ケブロクに近づいてきた。ゼルフは、シドラの住み家の前で漂うのをとめた。 「娘よ。この地はなんという名だ?」 「ケブロクだよ。 おじさんはどこから来たの?なんていう名なの?」  シドラはちいさな翼を動かして、セルフの前まで浮遊し、尋ねた。 「わしはゼルフ族だ。 ゼルフでかまわんよ。成層圏を漂っておったが対流圏に巻きこまれて、砂の大地まで来てしまったわい・・・」 「ゼルフは成層圏にいたの?」 「そうじゃ。成層圏は暖かいでのお。食い物もたんとあるぞ。もどらねばな・・・」  ゼルフは頭上を見あげている。今日の対流圏は、いつもより穏やかだ。ゼルフがここに下りて来られたはずだ。 「どうやってもどるの?」 「対流圏に乗り、運がよければ成層圏まで昇れる。運が悪ければ、また大地まで下りてくるだろう・・・」 「あたしたちは成層圏まで昇れないのに、ゼルフはどうして成層圏まで昇れるの?」  シドラは、ゼルフのような浮遊人が、対流圏を移動できたのはふしぎだった。 「わしの身体は、ほれ、翼はないが、やわらかくて、どのようにも変る。翼のようにも動くし、激しい対流圏の流れにもたえられる。対流圏を昇るには、わしのようなやわらかい身体か、あるいは、とてつもなく硬い身体でなくてはいけない」 「シェリル族のような身体のこと?」  ゼルフの説明から、シドラはシェリル族を思った。シェリル族は硬い身体をしている。 「シェリル族は翼がないから大移動はむりじゃよ。シトル族のように身体がかたく、かたくて強い翼がなくては対流圏を昇れまい」  ゼルフはシドラの身体を見つめた。シドラの身体は硬いが、翼は小さくて弱い。停滞圏を浮遊するのがやっとだ。 「娘よ。名はなんという?」  ゼルフはじっとシドラを見つめた。  シドラは大きな目でゼルフ見かえした。 「シドラだよ。あたしの身体は、対流圏の流れにたえられないの?」  ゼルフはシドラを頭の先から尻尾までじろじろ見つめた。 「たえられるだろうが、そのちいさな翼では、対流圏の流れを昇りぬうちに、よそへ流される。どこへゆくかわからんよ」 「ゼルフはどこからここに来たの?」 「さあな。あまりにあちこち移動したから、どこに居たかわからなくなっちまった・・・」  そう言いながら ゼルフは故郷を思った。確かここと同じよう岩山がたくさんあるところだったが、砂地はなかった・・・。
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