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出会いもないし、そろそろ婚活しなきゃなあ…。
そう思った彩(26歳)は、婚活目的でなんとなくマッチングアプリを始めてみた。
早速、たくさんの男性からの「いいね」が付いて、出だしは好調だ。
「いいね」を付けてくれた男性たちの写真をスクロールしていくと、見た目が好みの男性が、ふと目に留まった。
その人の名前は「陽平」。
プロフィールを確認すると、「21歳」で「学生」だった。
(なーんだ、学生かあ、これじゃ婚活にならないよ…。)
と思って「戻る」を押そうとしたとき、そこに「ラーメンが好きです」という文字があることに気づいた。
彩は自分のプロフィールには書いていないが、実はラーメンが大好きだ。
なぜプロフィールに載せなかったかというと、男性たちに「オッサンみたいな女性」だと思われるのが嫌だったからだ。
プロフィールページには、「陽平」がラーメン店で撮ったと思われるスナップが並んでいた。
そのラーメンのチョイスは、彩のラーメンの好みに近い気がする。
(この人、婚活目的じゃなくて、ラーメン友達になってくれたら楽しいかも?)
実際に会った陽平は、礼儀正しくて感じが良かった。
思ったより背が高くてスラっとしている。写真よりも素敵だった。
二人で一緒に他愛ない会話をしながら、カウンターでラーメンをすすっていると、なんだかテンションが上がって、彩は思わず奢ってしまった。
「学生さんなんだから、私が奢るね!」
「え、僕も払いますよ。」
「いいっていいって!
こないだボーナスも入ったし!
社会人には甘えるもんだよ、学生さん!」
ボーナスが入った、と偉そうに言ってるが、たかがラーメンだ。
たいした金額ではない。
そんなに豪語するようなものではないかもしれない。
◇◇◇◇◇◇
彩が二回目、三回目に陽平に会ったときも、やはりそれはラーメン目的だった。
(陽平くんは、やっぱかっこいいね。)
彼が学生じゃなかったら…どうなっていたか分からない。
ラーメンをすすりながら、彩は尋ねた。
「可愛い女の子とは、まだ出会えてないの?
陽平くん、こんなにかっこいいのに。」
「うーん、僕なんかモテないですよ。
そんなこと言って、彩さんは、どうなんですか?」
彩は少し沈黙すると、顔を赤らめた。
「実は、この前、出会った人といい感じになってて……」
陽平の顔色が悪くなった。
「よ、良かったじゃないですか……。
…あの、僕、実は就職活動とかいろいろ忙しくなってきたので、アプリやめようと思ってて…。
もし良かったら、彩さんのイムスタ教えてもらっていいですか?」
「そうなの?なんか、そういえば陽平くん、顔色があんまり良くないね?
忙しくて大変なんだね……、あんまり無理しない方がいいよ。」
その後、彩は「博之さん」というアプリで出会った男性との仲を深めていった。
彩と陽平が会う機会は、次第に少なくなっていった。
陽平のイムスタは、ラーメンの写真がほとんどだった。
◇◇◇◇◇◇
程なくして、彩は4歳年上のエリートサラリーマン、博之さんと結婚した。
その結婚生活はというと……。
土日になるとお姑さんやお義姉さんが新居にやってきては、家事の不手際を彩に指摘する。
その上「嫁としての自覚が足りない」などと叱責するので、彩はあまり家でゆっくりすることは出来なかった。
お姑さんやお義姉さんが来ない週末でも、親族の食事会などが強制的に夫婦のスケジュールに組み込まれている。
博之さんは、ゆくゆくは今の会社を辞め、実家の家業を継ぐことになっているそうで、そういう行事は断れないらしい。
とにかく親族同士の結束の固い一族のようだった。
結婚する前には、知らなかったことばかりだ。
彩はそんなに家事が得意ではなかったが、なんとか仕事と両立させようと努力した。
なぜか、彩が仕事を辞めることは許されなかった。
三年ほど経った時、彩は限界を感じた。
「すみません、これ以上頑張れない私が悪いんです。
お願いです、離婚してください。」
『100%私が悪いです』みたいな書類に署名して、ようやく彩は博之さんと離婚することを許された。
◇◇◇◇◇◇
『久しぶり!突然だけど、今度ラーメン行かない?
なんか胃が弱くなっちゃったから、あっさり系に行こうと思ってるんだけど、一緒にどうかな?』
彩の結婚以来、あまり交流のなかった陽平のイムスタに、メッセージが届いた。
金曜の夜、久々に二人でラーメンを食べた後、流れで飲みに行くことになった。
そういえば、二人で飲むのは初めてのことだ。
「私って、本当にダメなんだよね…。なんか、いろいろ、頑張れなくなっちゃって…。アハハ…。」
酔いつぶれた彩を、陽平はタクシーで送った。
離婚したての彩の部屋は、狭いワンルームだった。
「大丈夫ですか?」
「うん、らいじょうぶらよお……」
彩をベッドに座らせて、陽平はペットボトルの水を飲ませる。
水を飲んだ彩は、ゴロンと横になると、あっという間にすやすやと寝息を立て始めた。
「まったく世話の焼ける人だな…。」
彩に掛け布団をそっと掛けながら、陽平は少しあきれていた。
帰宅しようと思ったが、自分が帰ってしまうと、この部屋のドアの鍵が開けっぱなしになってしまうことに気づく。
「仕方ない、朝まで居るか……。」
ベッドの脇に腰を下ろした陽平は、彩の寝顔を見つめた。
極端に物の少ない部屋だった。
離婚した家からは、ほとんど家具類は持ち出していないのだろう。
陽平は、指先でそっと、彩の髪に触れた。
翌朝、キッチンの物音で目覚めた彩は、自分の部屋に陽平がいることに気づいた。
「…あ?…あれっ?…陽平くん?どうして?…昨日飲みに行って、それから…」
「彩さん、昨日ベロベロに酔っぱらったんですよ。」
「え?あ?…あの、ええ…?」
「安心してください。僕は送ってきただけで、何も無かったですから。」
「あ、あ、そ、そうだったんだね…。あ、なんか、なんか、ごめんなさい、どうもありがとう…。」
「これ、この部屋にある材料で作ったんですけど、朝食です。よかったら、どうぞ。」
そう言って、陽平は器に入ったお粥を差し出した。
「え、ええっ!?い、いいの?…あ、ありがとう…。」
「ていうか僕も自分が食べるつもりで、勝手に作ってたんですけどね。
鍵が開けっ放しになるから、帰るのもマズいかと思ったんで。」
「…なんかいろいろと、ごめんなさい…。」
陽平の作ってくれたお粥は、美味しかった。
自分の家のキッチンにあった材料で出来上がったものだとは、到底思えなかった。
陽平はため息をつくと、言った。
「彩さん、愚痴なら僕がいくらでも聞くから、他の男と飲みに行ったら駄目ですよ。」
彩はドキリとした。
「僕と一緒だったから大丈夫だったものの、あんなに酔うなんて、危険すぎます。わかってますか?」
「…うん。そうだね…。」
陽平は真剣な面持ちになった。彩は、陽平の綺麗な瞳をなんとなく見つめた。
理想的な二重の幅だなあ…などとぼんやり考える。まつげも長くてうらやましい。
「彩さん、約束してください。誰かと二人で飲みに行くなら、僕とだけにする、って。」
眉毛をクイッと上げて、陽平は強調する。
「…え?」
(えーっと、すごく心配させちゃってるって、こと…かな?)
あまりよく理解できなかったが、陽平の真剣な様子に気圧されて、彩はうなずいた。
「…う、うん、わかった…約束します。えーっと、なんかいろいろ、ありがとう…。」
年下だとばかり思っていた陽平に説教される羽目になり、彩はいたく反省した。
この人は、しばらく会わない間にすっかり大人の男性に成長していて、精神的には自分を追い越してしまったような気がする。
これからはずっと、陽平に頭が上がらないのではないか、そんな気がした。
◇◇◇◇◇◇
ようやく会えた彩さんは、以前よりだいぶやせてしまっている。
その姿を見たとき、相手の男に激しい怒りが湧いた。
(彩さんが結婚して幸せになっているのなら、もうそれでいい……。)
そんな風に思っていたが、まさか現実はこんな有様だったとは。
思わず憎悪の感情を抑えきれなかった。
それなのに、彩さんはあの男の悪口を一切言わない。
結婚式までの彩さんは、まめにイムスタを更新していた。
だが結婚式以降はあまり更新が無く、ひどく心配になったものだ。
メッセージを送ってもあまり返答がないため、それ以上自分に出来ることは何もなかった。
無力だった。
せめてあと二年早く生まれていれば、彼女に結婚相手として、見てもらうことが出来たのに。
遅く生まれてきたことが、あの時ほど悔しかったことはない。
離婚したと聞いたときは、正直嬉しかった。
今なら自分も社会人だし、収入も順調に上がってきている。
自分もやっと、彼女の視野に入れる…。
だが、今の彩さんの不安定さと来たらどうだ。
危なっかしい事この上ない。
あんなに弱った状態で他の男に頼られてみろ、今度こそ取り返しのつかないことになる。
かと言って、酔って寝ている彩さんに手を出すようなことは……
関係をぶち壊すような危険は冒せない。
それにしても、いつになったらあなたは俺の気持ちに気づくんだ?
いつもゴキゲンなあなたが、笑顔でラーメンを奢ってくれたあの瞬間から、俺にはもうマッチングアプリなんて要らなくなったんだよ……。
あれから四年。
そんなに時間が経ってるのに、昨夜、やっとあなたの髪に触れただけ。
進展が遅いな。
……まあ、これからだ。
俺にもようやくチャンスが回ってきたようだから。
【あとがき】
素人のつたない文章をお読みいただいてありがとうございます!
この話を書いたきっかけは、
「マッチングアプリには、既婚者や年収を盛る男性がまぎれている」
というおそろしい話を聞いたからです。
怖い!
なので、こんな幸せな出会いがあってほしいのにな…と思って書いてみました。
気に入って頂けたら、嬉しいです。
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