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モテるように見えて問題がある
赤月町の住宅街に、一軒の喫茶店がある。店の名は『クライノート』。
『CLOSED』の看板が掛けられたドアの向こうにあるカウンターテーブル。
店員側に立ってコーヒーミルの手入れをしている人影が、そこにあった。
襟足が短く、左目を覆い隠すように長い黒髪、眼鏡のレンズの奥に見える右目の赤い瞳。
ウェイター服姿の彼はサイフォンの手入れを終え、コーヒーミルの手入れも終えるところだった。
ドアが外から開かれ、チリンチリン、と入口のドアに着けられたドアベルが音を鳴らした。
続けて一人の青年が室内へと足を踏み入れ、ドアを閉める。
彼は入ってきた青年に目を向け、口を開き、出迎えの言葉を投げる。
「ああ、おかえり、光一。サイフォンの手入れなら終わってフィルターは綺麗な水を満たしたタッパーに入れて冷蔵庫だ」
「ありがと、薙織哉さん。ごめん、読書の時間欲しかっただろうに、手入れ頼んじゃって」
「……良い器具は手入れも大事だ。それに、読書の時間ならいつでも作れる」
三言ほど言葉を交わしてから、薙織哉、と呼ばれた男はハンドソープと手指消毒用のアルコールをカウンターテーブルに置いた。
『交換ついでに手洗いうがい消毒をしてこい』、という合図であった。
店のトイレへと消える光一の背中を見送りつつ、薙織哉は調理場のシンクで手を洗い、手を拭いてから消毒用アルコールで消毒をする。
ペーパータオルはゴミ箱へと捨てた。
「……そういえばこの街はだいぶ生ゴミが少なくなったな」
「うちはコンポストでふかふかの土作りに使っちゃうし、マナに変換して薙織哉さんが使ったりするしねえ」
人工的に魔石を作る技術の誕生により、『ゴミをマナに変える技術』も誕生した。
資源になりそうなものはリサイクルし、それ以外はマナに変える。
魔術を使用するのに必要なのが魔力なら、あらゆる物質や大気中に漂うのがマナだ。
「……とりあえずお昼にしよっか。なんかあったかなー」
光一は腰に巻いていた赤いパーカーをカウンター席の一つに置いて、調理場へと入ると業務用冷蔵庫の前へと移動、扉を開け、『従業員用』と書かれた袋を手に取ると、すぐに扉を閉めた。
「あ、天馬は後一時間で帰ってくるよ、薙織哉さん」
「エビチャーハンをオムレツで包むのか」
「うん。」
冷凍のエビチャーハンを熱したフライパンで炒めながら、光一と薙織哉は会話をする。
普段は手作りだが、今日は光一が何でも屋の仕事があったので冷凍食品のエビチャーハンにしたのだ。
炒め終えたエビチャーハンを一人分ずつ皿に取り分けてから軽く拭いたフライパンで卵を焼いてオムレツを作り、エビチャーハンの上にひとつずつ乗せ、ペティナイフで切れ目を入れてから左右に開いてやる。
トロトロの卵がエビチャーハンを覆う形になり、オムチャーハンが完成した。
「出来た出来た。んじゃ、食べよっか。天馬は食べてからこっち帰ってくるらしいから、俺達だけだよ」
「……他の奴らは、夕方に帰ってくるんだったな」
「……天馬が帰ってくるまでは、俺が薙織哉さんを独り占め、薙織哉さんも俺を独り占めかな?」
ケッケッケ、と笑う光一を一瞥してから薙織哉はオムチャーハンをテーブル席へ運ぶ。
『悪くない』と呟いた薙織哉の顔は耳まで真っ赤だった。
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