桃源郷

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「お客さん、ここのことはどうやって知ったの」  服を着替えていると、ミサキが何気ない調子で訊ねてくる。松島は尻上がりに、んー、と相槌を打って返事を先延ばしにした。なんと答えるのが妥当だろうか。来たことのある人間から聞いた……というのは、具体的に誰から聞いたのかを突っ込まれる可能性を考えると、リスキーな感がある。平野も言っていたが、そのへんの情報管理は厳しいはずだ。とりあえずはネットに転がっていた情報ということにすれば、まあ不自然でもないだろう。 「ネットに上がっているのを見た」 「へえ。少しずつ知られてきちゃったんだね。ここも」 「知られちゃまずいことしてるっていうのは、分かってるんだな」  失点だ。松島は自身の発言を悔いたものの、一度吐いた言葉を再び飲み込めるほど器用ではない。普段ならある程度本音を包み隠すことはできているつもりだった。今日はこの女に出会ってから、ペースが乱されっぱなしだ……と脳内で吐き捨てる。  刹那。 「ずばり、その通りでしょう。そしてあたしの推理だと、きっとお客さんはその『知られちゃまずいこと』の秘密を明らかにしてやろう、とここに来たのでしょう〜……ふふふ」  ミサキの表情は相変わらずやわらかく笑っていたし、口調もどこか茶化すようなふざけたものだったが、言っていることはハッキリ「真実」の真ん中を貫いていた。 「なに」 「――あなた、警察でしょ?」  すう、とミサキの声のトーンが落ちた。  作戦は失敗だ。何故かはわからないが、こちらの目論見がすべて露見していた。  幸いにしてこの時点で服は着替え終えていた。腰掛けていたベッドから立ち上がった松島は、脱兎の如く部屋のドアに飛びつくようにして駆け寄る。  そうして松島はドアのハンドルを回そうとしたが、実際には腕に全くと言っていいほど力が入らず、ハンドルはびくともしない。変に身体の一点へ力を込めようとしたせいで、それ以外の部分がたちまち維持できなくなった。  松島はその場にへたりこんだ。 「あー、無駄だと思うよ」  くくく、と喉の奥で笑い声をあげながら、ミサキがゆっくりと松島のほうへ歩み寄ってくる。 「力、入んないんでしょ。だーめだって、相手の陣地で出されたものに手なんかつけたら」
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