桃源郷

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「とっとと潰したいですねえ。バックが何者か分かりませんけど、実際に存在するんなら放置はしてられないでしょう。違法営業だけじゃなく、別のトラブルが起きかねませんよ」 「にしてもなあ。表はただの本屋だし、挙げるにしてもなにか証拠が必要だ。こんなゴシップ記事やネットの書き込みだけじゃどうにもならん」  ネットの情報によれば、店を利用した客は、建物を出るときには本物の書籍を持って退店することになっているのだそうだ。本は店内のものから客の好きに選んでよく、もしも職務質問をかけられたとして「誰の、何という題名の本を買ったか言ってみろ」と訊かれても答えに窮することのないようにしているらしい。  そうでなくとも、本を選んでいたらたまたま店員の女の子と仲良くなって、そのまま……とでも言うつもりだろうか。この地域に元来、そんな文化は根付いていない。知の結晶たる本を売る店を隠れ蓑にして、土の中では現代によみがえった遊郭気取りとは。 (――行ってみるしかないか)  さすがに上席はおろか、向かいで週刊誌を読み進めている平野にすら明かすことはできない。だが、これらの情報がすべて真実なのだとすれば、この店は犯罪の芽どころか、今や大輪の花を咲かそうとしているのだ。しかも公然と見逃されているのならまだしも、これは明らかに無許可の闇営業だ。警察官として、この件を放置するわけにはいかない。  巡査拝命時にすら凪いでいた気持ちが、なぜだか俄にざわめいている。  ばさっ、と机の上に週刊誌を放った平野は、ヘラヘラした調子で言った。 「松島さん、ちょっと確かめてきてくださいよ」 「資金を全部おまえが出してくれるなら、考えてやるよ」  平野は途端に押し黙った。言うだけなら無料(タダ)だ。好きにすればいい。
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