失われた過去と希望の灯火

2/2
前へ
/2ページ
次へ
「…依然として独立政府を認めない断固とした姿勢を見せており、対立はますます深刻なものとなっていきそうです。」ラジオからニュースが流れてくる。 菜緒は学校帰りにスマホアプリでラジオを聴くのが好きだ。しかし最近は近隣諸国の悪い情報が多く、憂鬱になることも多い。 「今日のリクエストは1994年のシングル部門全米チャート最高1位となったリアル・マッコイの『Run Away』です。当時、日本はバブル崩壊で大変な時代でしたが、今よりまだ希望が持てた時代でしたね。それではお聴きください…」 菜緒はラジオで流れる古めの音楽が好きだ。それらの音楽は現実の閉塞感を打ち消すような爽やかなサウンドに聴こえるからだ。 菜緒は田舎の町に住んでいる。海の傍にすぐ山があるような地形だ。学校は山の方にあり、菜緒の家は海の方にあるから、帰りは下り坂でラジオから流れる音楽を聴きながら降りてくるのが気持ち良い。 両足を前に出しながら風を切って気分上々で家に帰った。 「ただいま〜!」勢いよく扉を開けて階段を駆け上がる。 「今日は絶好調じゃない!あんたにしては珍しく笑」と母親が言う。 菜緒はちょっとイラッとしてしまった。ここ最近は不安定になることが多く、自分でも気にしているので、こういう言い方は少し癪に障るのだ。(多分母親は悪気があって言っているわけではないだろうし、そのことは分かっているけれど…) 私服に着替えて窓を開けると、涼しい風が吹き込んできた。 「そろそろ秋かなぁ…」まだ全体的に暑さが残るものの、涼しさを感じるようになってきている。勢いよく伸びをして海の方を見る。窓の向こうは漁港になっている。 菜緒の家は少し段差になっている坂の途中にあるので、港を見下ろすようなアングルで見ることができ、とても天気の良い日はとても綺麗なのだ。 心地良い感覚のまま勉強机に向かい、勉強を始める。菜緒はそろそろ体調が不安定になることを自覚していた。体調が良い時にやれることはすぐにやってしまいたいと考えていた。 何時間経っただろうか…遠くから笛の音が聴こえてきた。近々行われる秋祭りのお囃子の練習をしているのだろう。菜緒はちょっと憂鬱になった… 学校行事の一つに盆踊りが組み込まれており、数日後から練習が始まるのだ。踊ること自体はそんなに嫌ではないのだが、周期的にそろそろ「あの日」が近い…生理自体も重いことが多く大変なのだが、菜緒はPMS(月経前症候群)も発症していて、生理前は精神がとにかく不安定になりがちで、変に怒ってしまうことも多いのだった。 「まぁ今そんなこと考えたくないな…今日は元気なんだし…」そろそろ夕飯の時間であることに気付き、リビングへと向かった。 「お姉ちゃんだ〜ただいま〜」妹の優菜だ。私の三つ下で中学一年生だ。結構お転婆な感じでテンション高いことが多い。 「ねぇ後で踊ってみた一緒にやらない〜?」と優菜が言う。 「あ〜前も言ったけど私最近のボカロそこまで分からないよ〜」と菜緒が答える。 「前と違う曲なら大丈夫!」優菜はそう言う。菜緒もボカロは好きだったが、最近ちょっと離れ気味だった。しかし、今でも好きな曲は多い。 「ルカルカナイトフィーバーとかどう?ちょっとお姉ちゃんカッコイイ曲踊りたいの」 「わ!本当懐かしい曲じゃん!でも良いよ〜」 夕飯を食べ終わって、優菜は上機嫌で踊るためのセッティングをしている。 「ねぇ撮影するの……?」と菜緒が尋ねる。 「いいじゃん、この曲お姉ちゃん大好きだし物凄く上手いじゃん?それに今日のお姉ちゃん滅茶苦茶機嫌良いんだもん〜」 あぁ…妹からも常に体調悪いイメージを持たれているのか…と思って少し悲しくなったが、妹の前で弱い姿を見せちゃいけないと思って気持ちをすぐ切り替えた。 「悲しそうな表情しないでよお姉ちゃん〜」と優菜が言う。 「え?えぇ?ほんの一瞬だったよ?見てたの?」 「見てない見てない笑姉妹だもん、どんな時にお姉ちゃんが悲しくなるか分かるよ、ごめんね。」 「いいよいいよ別に…大したことじゃないから」 菜緒は優菜のこういうところが気に入っていた。軽はずみでついつい言い過ぎてしまうお茶目な部分が可愛く思えるのだ。(悪気も無いし) 「じゃあセッティング出来たよ!5秒経ったら撮影開始ね!」優菜も定位置について、菜緒も同じくスタンバイしている。「ルカルカナイトフィーバー」は菜緒の十八番でお茶の子さいさいなのだ。優菜も一緒に踊ることが多かったので、二人とも結構上手く踊ることができる。 5秒経ち、音楽と共に激しいダンスが始まった。全てが順調に始まり、順調に終わった。リズムも二人の掛け合いもパーフェクトと言って良いレベルだった。優菜はビデオを確認して見ているが、上機嫌だ。 「最高じゃん!こんな元気なお姉ちゃん見れたのも久しぶりだし〜」 「もう〜そんないつもは機嫌悪いみたいに言わないでよ〜」 「ごめんごめん!ねぇこれ動画サイトにアップして良い?」 「んーちょっと私にも見せて!確認して良かったらOK出すよ」 映像を確認したが、非の打ち所がないくらい完璧だった。 「これなら全然アリだね!良いよアップしよう!!」ポチッとアップロードボタンを押した。 「こっちにもアップロードしようよ〜」コメントが右から左に流れるサイトだった。 「そうね、踊ってみたと言えば私もこっちのイメージあるから」 二つのサイトにアップロードしたところで、今日は一段落したのだった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加