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動き出した箱馬車の物見窓を覗くと、領主の姿があった。先ほど止めに入ろうとした神官の姿を食い入るように見ている。
領主は若者の視線に気づくと、あわてて馬車を急がせた。
隊列が遠のいていくと、争いごとを眺めていた野次馬たちも、いつの間にやら消えていた。
「あのう……」
消え入るような声がして、若者が振り向くと、服が破け、からだ中にミミズばれをこしらえた、痛々しい親子が身を寄せ合ってうずくまっていた。
それでも、父親は痛さを堪えながら立ち上がり、自分よりもずっと年下の若者に、深々と頭を垂れて言った。
「ほんとうにありがとうございました。お助けくださらなかったら、いまごろは、どうなっていたか。本当に、あなた様は命の恩人でございます」
若者は、父を見て、子どもを見ると、先ほどとは打って変わって優しい声で、
「ほんとうに酷い目に遭いましたね。でも、もう大丈夫ですよ。あたしがにらみつけてやりましたから!」
といって、しゃがんで子どもの頭をひとつ撫でると、貴族の隊列とは反対の方へと去っていった。
父親は若者を呆然として見送っていたが、母親が「父ちゃん、あれは剣聖のマヒワさんじゃないかい。ほら、宗廟事変で、ご両親を亡くされた」と言った。
父親は歩み去っていく若者の姿を目で追って、「あの若さで、騎兵相手にあんなに強いのなら、剣聖さまに違いねぇ」とうなずく。
「けんど、領主様を相手に、あんなことして大丈夫なんだろうかね……」
「こんな私たちを助けてくださるほど、お優しい方だけに、何事もなければいいけど」
そう言って、母親は泣き疲れた子どもを抱き寄せた。
夫婦は律儀に若者の去った方へもう一度頭を下げ、家路についた。
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