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俺は水晶玉を両手で握って目を閉じた。石に意識が吸い込まれるような感覚を得た直後、俺は教室にいた。
うるさいほど騒めく教室。
俺は、席に座っている小学生の俺の前に立っていた。誰にも俺は見えていないらしかった。
――まずいぞ。よりにもよって、事件直前ではないか。
どの時点の自分と繋がるのか、コントロールができないらしい。いや、これが運命というやつなのだろうか?
「おい、過去の俺」
自分自身の肩にそっと、触れてみた。確かな感触があった。その瞬間、小学生の俺はビクッと体を震わせた。
そして、驚きで目をまん丸に開いて、俺を見上げた。同時に椅子をグッと後ろに引いて、俺から遠ざかろうとする。
「お、オジサン、誰?」
彼にとってみれば、突然、目の前に見知らぬ中年男性が現れたのだ。驚くのは無理もない。
「ともかく、俺を信じろ。手短に話す。時間がない」
「唐突に信じろと言われても……」
小学生の俺は、周囲をキョロキョロとした。周りはいつもの教室、誰も俺が現れたことに気が付いていない。
「僕は、幻を見ているの?」
頭がおかしくなったと感じても、無理はない。
「俺は、未来の君だ。遠い未来……そうだな、50年後の未来だ」
「50年。だったら、白髪も出るはずだね。校長先生くらいの年齢だからね。でも、未来の僕だなんて、嘘に決まってる」
過去の俺は、この異様な状況の中でも冷静さを保とうとしてるようだった。いいぞ、それでいい。
俺は教室を見渡した――よかった、みんな無事だ。
当然だ。事件が起こるのはこれからなのだ。惨劇を防ぐには、過去の俺を説得して行動させるしかない。
しかし、状況は悲観的と言わざるを得ない。
まもなく、担任の先生が教室に入ってくる。あの男が教室に入ってくるのは、そこから数分後。策を練るには、時間が少なすぎる。
ともかく、過去の俺に説明しなければなるまい。ただし、言い方には注意が必要だ。
「お前はカレーが好きだろう。カレーにはソースをかける。甘みが増して旨くなるからな。でも、母親に叱られるので隠れて掛けているな」
「なんで、それを知ってるの?」
小さな俺は当惑した様子で周囲をキョロキョロする。自身しか知らない情報で、信頼させる作戦だ。
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