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「では、社会の教科書を開いてください――」
これ以上の作戦はない。子どもにすべてを任せるのは、大人としてどうかと思わなくもないが、過去の俺に頼るしか方法はない。
犯人を殺してしまっても正当防衛が認められるだろう。さすがに「殺す気で反撃しろ」とまでは言えなかったが。
ナイフを何本も持つ男に、細身の小学生が勝つには、油断させて不意を突くしかない。
「相手は屈強な男だ。だから、お前が勝つには最初の一撃が極めて重要だ。分かるな」
小学生の俺の手が震えていた。その手にはコンパスが握られていた。
「失礼します。工事の者です」
数分後に教室のドアを堂々と開けて、男が入ってきた。記憶の通りだ。あわよくば事件は起きない……との期待は崩れ去った。
「本日、工事が入るとの申し送りはありましたけど、授業中なんて、聞いていません」
「教室の天井で漏電が見つかりまして、緊急で対処しないと火災になりかねないのです」
男は笑みを浮かべて、平然と嘘を言った。しかし、それが嘘だと知っているのは、俺と、小学生の俺だけだ。
男は黒板の前をゆっくりと歩いて先生に近づいた。先生から1メートルほどの距離に入ったとき、男は素早く動いた。
「耐えるんだ。先生はまだ死なない」
小学生の俺は両手を強く握っていた。ここで飛び出しでもしたら、作戦が水の泡だ。俺の席は半分よりも後ろ。教室を駆けている間に、犯人に臨戦態勢を取る時間を与えてしまう。
「キャー」
男は先生の背後から右手を回して口を塞いだ。叫び声が廊下に聞こえると、誰か来るかもしれないからだ。
「静かにしろ。お前らもだ」
お前らとは生徒たちだ。男はいつの間にか、左手にナイフを握り、先生の喉元に添えていた。
ひいっ、と教室のあちこちで短い悲鳴が上がる。教室中が一気に、緊張と恐怖に包まれた。小さい俺は、じっと犯人の男を睨みつけていた。
いいぞ、冷静さは失っていない。
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