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* * *
「メーン!」
ムチを地面に叩き付けたような音が、耳に響いた。同時に右肩に鋭い痛みを感じる。
俺はその痛みで、ハッと目を開いた。
「修行中にも関わらず、眠っておっただろ。もっと、熱心な弟子を持ちたいもんだ」
座禅をし、両手を膝の上に組んでいた俺は、前に立つ老人を見上げた。右手には、竹刀を手にしている。頭は禿げあがり、長く伸ばす髭も真っ白だが、目には生気がみなぎっていた。
「申し訳ありません、師匠」
「また、あのときの夢か?」
師匠は、俺の前にあぐらをかいて座った。
「やはり、お見通しなんですね」
「鬱々とした念を感じた。ほれ、見てみ」
師匠は左手に握っていた水晶玉を、俺の前に差し出した。そこには、白髪が混じった中年男性――つまり、俺の姿が薄っすらと映っているだけだった。
「私には、何も見えません。いまだ、修行が足りないようです」
「今日は終わりにして、飯にしよう。人と話すことも、自分を知る手段の一つだ」
ちょうど、廊下の先から「ご飯、出来てますよ」と女性の声が聞こえた。この寺で手伝いをしてくれているおばさんだ。
俺と師匠は、縁側に面した廊下を歩いて、別の部屋へ移動した。
古い寺だが、よく手入れされている。庭の池には、初夏の陽射しが眩しく反射していた。
「おお、今日はビーフカレーか。いいね、いいね」
板張りの床に座った師匠は、低い膳の上に用意されていた皿の匂いを嗅いだ。
「他のお弟子さんは?」
「今日は、朝から滝に打たれに行っておる。お前も明日、行くとよい」
ここには、俺を含めて10名ほどの弟子がいる。山奥の古寺で、長らく修行を行っていた。
「皆、まだ自身の真理に辿りつけずにいる。まあ、焦らないことだな」
修行をするものは、半数が俺のように心に傷を負った者、半数が純粋に悟りを求めて修行をする者だ。
「お前はここに来て、何年になるかな?」
「30年になります。これほどまでの期間、修行をしても、今だ自身の真理に辿りつけません。情けないものです」
俺はカレーを口に運んだ。ビーフカレーだ。給食では、一番人気になるメニュー。
この寺は修行は厳しいが、戒律は比較的ゆるい。酒は飲むし、髪型も自由だ。
「真理は、すぐ目の前にある。手前と向こうは紙一重だ。焦るでない。私がお前と最初に出会ったときのことを覚えておるか?」
「はい、一言一句、正確に」
俺は昔を回想した。
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