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* * *
翌朝、まだ太陽が山の影から顔を出す前に、俺を含めた4人の弟子たちは、山の奥深くへと続く細道を歩んでいた。
冷たく澄んだ空気が、朝の清々しさを感じさせた。鳥たちのさえずりが、遠くからかすかに聞こえてくる。木々の緑は生気に満ちていた。歩き慣れた山道だが、早朝の新鮮な風景が心を浄化してくれるようだった。
水の流れが生み出す涼やかな音が、滝に近付いたことを知らせる。
辿り着いた俺たちは、無言のまま、それぞれの位置に座り始めた。濡れた岩に座った瞬間、冷たさが全身を駆け抜けた。同時に、霧となった水しぶきが火照った肌を冷やしてくれた。
俺は、肩に打ちつける冷たい水の感触に身を委ねた。
水流は鋭く、針が刺さるような痛みを伴ったが、それが逆に意識を集中させた。瞑想に入ると、周囲の音が次第に遠のき、滝の音が静寂の一部と化していく。松尾芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」という句が頭をよぎり、自身が大自然と一体化していく。
しかし、心の隅にはどうしても拭えない疑念が残った――滝に打たれ続けるだけで、師匠のおっしゃる『真理』に達することができるのだろうか?
何度も繰返してきた問いかけだ。
自己と向き合えば向き合うほど、未熟さや弱さが浮き彫りになる。修行を重ねるほどに、真理から遠ざかっているような錯覚にすらおちいる。俺は自問自答を繰り返しながら、ただ耐えることしかできなかった。
午前中の修行が終わると、寺で受け取ったおむすびを食べるために適当な岩に腰を下ろした。
空は青く澄み渡り、木々の間から差し込む光が岩に反射していた。静けさの中で、山内という若い弟子がふと、口を開いた。
「西村さん、真理に近づくきっかけは見えてきましたか?」
彼は俺よりも20歳以上も年下でありながら、修行に対する姿勢は真剣そのものだった。彼の言葉は、単なる興味から来るものではなかった。
「ここに来て30年、いまだ糸口すら見えないです。情けない話です」
俺は静かに答えた。
未だ片鱗すら掴めていない。修行を始めた当初は、すぐにでも答えが見つかると思っていた。しかし、歳月が流れるごとに、期待は裏切られ、今ではただ時間が過ぎるのを待つばかりだ。
「まだ、例の夢を見るのですか?」
山内の問いに、俺は視線を落としてうなずいた。彼は俺の心の重荷を理解してくれている。
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