虐殺ゲーム ~血塗られた教室~

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「ええ、昨日も修行中に、またあの光景を……」  山内は心配そうに、眉を寄せた。彼もまた過去の苦しみを抱えている。だからこそ、俺の気持ちを理解できるのだ。  寺での暗黙のルールとして、過去については聞かないというものがある。しかし、俺は隠すこともなく、山内もまた、自分の過去を隠していなかった。 「山内さんはどうですか? 過去を受け入れることが、できそうですか?」  少し考えた後、山内は静かに答えた。 「西村さんが30年かかっても到達できていないのに、僕が10年ほどの修行で到達するのは難しいです。でも、両親の夢を見る機会は減った気がします」  彼は、幼少期に両親から家庭内暴力を受けていた。食事を取り上げられ、冬の寒さの中で外に追い出されることもあった。  そんな彼の心には、癒えない傷が残っている。長期間にわたる肉体的、精神的虐待によって、彼の心は深く傷つき、心が崩壊する寸前まで追い詰められた。 「師匠に拾ってもらわなければ、刑務所に出たり入ったりしていたと思います。そう考えると、ここに来た意味は大きいです」  彼の言葉には説得力があった。  俺も自殺を考え、この山をさまよっていたときに師匠に救われた。今では、自殺したいという思いは完全に消えていた。  ここでの修行が、俺たちにとっての救いであり、新たな人生の道標となっているのだ。  彼の語る「ここに来た意味」という言葉は、心に深く刺さった。修行の成果が見えなくても、過去の苦しみが完全に消えなくても、ここにいること自体が意味を持つように思えた。 「それにしても、師匠は本当に不思議なお方ですね。高齢なのに、老いていく様子がない。西村さんが出会ったときは、もっとお若かったのでしょうか?」  山内の問いかけに俺は、記憶の扉を開けた。この山に初めて足を踏み入れた日のことが思い出される。あの頃の俺は人生に行き詰まり、逃げ出したい一心だった。師匠に出会うまでは……。 「どうだったかな、もう30年も前のことだからな……確かに、髪の毛はもう少し多かったかもしれないけれど、顔つきや体つきは、あまり変わっていない気がする」  師匠の姿は、まるで時の流れを無視しているように思えた。年月の方が、彼を拒んでいるようだ。30年という歳月が過ぎても、風格にほとんど変化が見られない。それが『真理』に到達した証なのだろうか。 「日々の修行のたまもの、でしょうか……ところで、西村さん、ある噂を耳にしたのですが、ちょっと気になる内容でして」  山内の声に、思い出から現実へと引き戻された。 「噂?」  慎重さの中に疑念が交じった彼の言葉に、強い興味が湧いた。しかし、寺での生活は外界から隔絶されている。噂話が耳に入ることは、ほとんどないはずだ。 「村に買い出しに行ったときに、ヤスさんと話しをしたんです」  ヤスさんとは顔なじみだ。ことし92歳になる元気なおじいさん。村は高齢化が進んでいるが、気のいい人ばかりだ。その中でもヤスさんは、特に話し好きだ。 「あの人が、こう言ったんです。そろそろ君も『100日修行』に挑戦する頃かなって」 「100日修行?」  弟子の中でも随分と古株の俺でも、そんな修行は聞いたことがなかった。 「どんな修行か、ヤスさんは話されていましたか?」 「それがヤスさん、すぐに『しまった』という顔をしました。ただ、師匠は何度もその修行を超えられており、修行の際には食べ物を運んだりしていることだけは、教えてくれました」  心の中がざわめき始める。  その修行がどれほど過酷で、何を求められるのか、まったく想像がつかない。それでも、師匠がその修行を乗り越えたという事実は、何か特別な意味を持っているに違いない。 「もしかしたら、それが真理への近道なのかもしれません。今晩、師匠に聞いてみましょう」  山内は大きくうなずいた。周囲に座って昼食をとっていた他の弟子たちも、聞き耳を立てていた。皆、興味があるのだ。  昼食を終えたあと、再び滝に打たれた。夕方が近くなり、帰路につく。山を降りながら、心の中は100日修行への興味でいっぱいだった。
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