虐殺ゲーム ~血塗られた教室~

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* * *  初日。俺は師匠に連れられて、山奥の小屋へ向かった。 「滝までの道案内は、一度だけ。しっかり頭に叩き込むように」  師匠は俺を、さらに山奥にある滝まで連れて行った。 「この山道を、目隠しをした状態で進むのですか?」 「そう言っただろ。もう、怖気づいたか。開始したら中断はできん。今ならまだ、辞めることもできるが?」  その気がないことを分かっていて、聞いているように思えた。 「そんな気はありません」  意気込んで見せたが、不安は極めて大きい。小屋から滝までは獣道しかない。急な斜面の脇を歩かなければならない場所もある。  手探りで這いながら進むのか?  そんなことをしていたら、時間がいくらあっても足りないぞ。  妙案はない。ともかく、始めるしかない。当たって砕けろの気分だった。  100日で、30年間の修行で得られなかった成果が得られる、その考えが甘かった。得られる成果が大きいほど、そこに至る過程は厳しいのだ。  初日、朝早く出発して、滝に到着したのは夕方だった。滝に打たれて汗を流したら、すぐに小屋まで戻った。幸い、滝での修行時間に指定はない。  翌日以降も、手探りで10キロもの山道を歩き、滝までたどり着く。これを繰返した。  スムーズに到着できるようになったのは、30日が過ぎた頃だった。  一歩、間違うと山道から滑り落ちる危険性があり、肉体面だけでなく精神面でも苦痛であった。  さらに苦痛だったのが、人と話せないことだ。視界を奪われ、人との接触が絶たれる日々がこれほどまで辛いとは、想像していなかった。  だからこそ、自己と真剣に向き合うことができる……そう自分に言い聞かせた。  これを乗り越えると、真理にたどり着ける。過去の悪夢を乗り越えることができる。  しかし『乗り越える』とは、どんな状態なのだろうか。  事件を記憶から消すことはできない。だとしたら結局、乗り越えることなど、できないのではないか?  ついに、100日目がやってきた。  体感では、10キロほど痩せたと思われた。  滝から小屋へともどる。慣れた道とはいえ、緊張感を保つ必要があった。体重が減ったせいか、精神が疲れ果てたからか、意識がもうろうとするのを感じた。  もう少しで小屋だ。到着したら仮眠を取ろう。  師匠は迎えに来てくれるのだろうか?  達成間近で緊張感が途絶え、俺は石につまずいて激しく転倒してしまった。 「あと50メートル、しっかりせい!」 ――師匠!  聞きなれた懐かしい声に弾かれて、俺は立ち上がった。ゴールするまで、話してはいけない。  返事をすることなく、歩き進めた。  小屋の扉に手を振れた瞬間、俺はその場に崩れ落ちてしまった。 「よく耐えた。目隠しをとってええぞ」  俺はよろよろと体を起こして、目隠しの布を取った。久しぶりの日の光が眩しすぎて、人がいることしか分からなかった。  そのとき突然、頭の中に、あるイメージが走った。 「どうじゃ、自身の真理に辿りつくことはできたか?」 「……いえ、その実感はありません。ときに、師匠。今日の晩御飯は、どこで食べるのでしょうか?」 「もう、飯の話か。相当、食い意地がはっておるな。今日の晩飯は、山を下りて寺で食う」 「今日の晩御飯はカレーではないですか? ビーフカレー……いや違う、豚肉入りのカレーです。なぜかそんな気がします」  師匠は「そうか、そうか」と笑顔でうなづいた。
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