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謎の男
浜に横たわった鯨はぴくりとも動かなかった。
江戸末期、奥羽地方陸奥湾のこの十陸村の海岸にはよく鯨が打ち上げられた。
村人が鯨の周りに集まる中、黒い着物を着、三度傘を被り手首に黒い数珠をはめた見慣れない男がやってきた。静謐な雰囲気を纏い鋭い目をしたその男は、鯨の前に立つと首を垂れて両手を合わせ呪文のようなものを唱えた。誰も聞いたことのない架空言語のような不思議な響きの呪文だった。
その後男は静かに語り出した。
「鯨はエビス神と同じで、『寄り物』といって魚を引き連れてきます。この鯨を食べたら神として祀りましょう、そうすれば自然と恵みを運んでくれる」
浜に打ち上げられた鯨は食用となる。三度笠の男は李翔と名乗り、村長宅の居間で焼いた鯨肉を囲み村の男達と盃を交わした。男は一人一人の生い立ちから彼らの抱える問題まで全てを言い当て、有効な解決策も提示した。
後日彼は神社の神主と協力して鯨塚という祠を作った。
その年は例年の倍の魚が獲れ人々は喜び李翔を崇めた。
李翔の出生も正体も謎だったが、高い霊力を持った特別な人間であるのは確かだった。
彼は海の側に小さな家を構えたが、視て貰いたいという人間がひっきりなしに訪れた。
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