アーシアβ、終わりの時間

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2  翌日午後の最終シャトル搭乗時刻。  私は集合場所の指令センターには、もとより行くつもりもなかった。  凍結した都市湖に面した中級市民用のカフェバーの中には、もちろん店員などは誰ひとりいない。すべてもう、撤収済みだ。ただし自動間接照明がまだ生きている。暖房機構も正常だ。大多数の市民がすでに星を去ったあとでも、ここを含めた都市インフラは以前と同様、自動制御で機能し続けている。  しかしこのあと最後の人間たちがこの星を去り、定期整備や消耗部品の交換を行う人材がゼロになったあと、都市の機能は少しずつほころびを見せ、雪と氷の中に朽ち果ててゆくことだろう。それまでの期間が数か月なのか数年単位なのか、そこは私にもわからない。  私は通貨クレジットの支払いなしに、恒温ブース内に残っていた缶入り飲料を1つ無断で取り出した。そのあと窓際のスツールに座り、とくにカップに注ぐこともなしに、缶から直接、便宜上この星の上では「コーヒー」と呼ばれる(本物のコーヒーはここでは手に入らない)、温度をもった褐色のほろ苦い液体を口の中に流し込む。味や香りは値段相応、とりたてて良くもなく悪くもない。  窓の外の凍結した湖面に、都市の光が無機質に反射する。時刻はまだ夕刻の範囲だが、この今の季節、惑星上の大半の場所で恒星スピカの熱や光を直接感じることはできない。限りなく夜に似た、光ない午後の時刻がただ無為に過ぎてゆく。上空の雲の有無は、ここからはよくわからない。ただし雲がなくとも、都市の明かりのハレーションの影響で、星々の明かりは地上からは望めない。  私はひとつ溜め息を吐いた。少し間を空け、繰り返し吐いた。  単純に、疲れた。私は長く生きすぎた。皮膚と臓器の更新オペレーションを何度か受けて、147の歳になるまで惰性で延命してきたが。今さらまた、職務命令に従って新たな恒星系の私の知らぬ惑星都市で、またゼロからキャリアを立ち上げ、意欲に乏しい新たな生徒たちを対象に学科指導を数年単位で続けていく―― その、もう、飽き飽きするほど続けてきたアカデミア講師としての時間の過ごし方を、これ以上もう、続けたいとも思えない。そしてそれ以外の過ごし方を、私は少しも思いつくことができないでいる。できない。もうこれ以上、やりたくない。何ももう、やりたくもない。  飽きた。疲れた。人生は退屈だ。そして人生は長すぎる。これ以上、もう何をしようという気もおこらない。もう何もしたくない。だからもう何もしないでおく。そう決めたのだ。  やがてコーヒーを飲み干した私は、再生ディムスチール製の空き缶を、店の入り口の再生回収ボックスの中に投げ入れた。今日の午後以降は、もうそのボックスを回収運搬していく人材も車両もいなくなるわけだが。長年しみついた無意識的な中級市民の行動モラルは、そう簡単には変わらないようだ。
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