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都市を見下ろす郊外の展望スポットに足を向けたのは、ただの気まぐれだ。まもなくシャトルが射出されるこの時刻。最後に、記念の花火を観覧する程度の好奇心をもって、去り行くシャトルの炎の軌跡を遠くから眺めるのも――― 本惑星70年の人類史の最後を飾る時間の過ごし方としては、それほど悪くもなかろうと。その程度の動機だ。しかし自動昇降スロープを上まで上り切った私は、そこで思いがけないものを見ることなる。
「誰だ。なぜまだ、ここにいる?」
その問いを発したのは、他ならぬ私の方だった。
都市全体を見下ろす屋外展望デッキの手すりに軽く体重をかけた前傾姿勢で、誰かがそこに立っていた。つやのないグレイの汎用防寒コートのそのデザインは―― ミネアチュリオ養成アカデミアの屋外用制服に酷似したものだ。
私の声が届いたのだろうか。その誰かが、ゆっくりこちらを振り向いた。防寒フードの下からのぞく髪はプラチナグレイのストレート。まるで眠りの中にあるような、感情のないグリーン系統の大きな瞳でこちらを見返すのは――
「θ2117。君か。なぜ君がまだここにいる?」
私はうなった。
私の生徒だ、彼女は。
θ2117。アカデミア内の簡易親称は「ニーナ」。いつもセミナーホールの前に近い席で、眠そうな目をしてひとりで聴講している彼女のことを、私の側では記憶している。期末考査のスコアはいつも変わらず平均程度、とくに授業後に個別の質問をしてくることもない。定期で課されるレポート課題にも、特に個性的な記述をしてくることもない。だがむしろ――
その特徴のない、限りない凡庸さこそが、逆に私の印象に残ったのだろう。個人的に、その眠そうな目をした生徒のことを記憶はしていた。
「先生こそ。最終シャトルに乗らなかったのですか?」
感情のない、少し眠たげに見える緑の瞳で、首をわずかに傾け、生徒が私に問い返す。
「…私のことは、どうでもよい。問題は君だ。いったいどういうつもりだ。もう今からでは間に合わないぞ?」
私は生徒のごく近距離、展望デッキの手すりの位置まで到達し、厳しめの口調で詰問する。
「なぜ黙る。なにか言ったらどうかね? いいかね君、いま、今日、あのシャトルを逃したら―― もう君は、二度とこの惑星から出られないのだぞ?」
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