お菓子の家

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 十七歳の誕生日の朝である。バナナが入ったシリアルを食べているとママが後ろに立って「動かないでね」と言った。  首にネックレスがかけられた。大ぶりのモチーフが付いている。  中央に濃紺の大粒のクリスタルがあって黒と白の小粒のクリスタルで囲まれている。光が反射してきらきらしている。 「誕生日おめでとう」  ママは青いブラウスを着ている。白いスカートを穿いている。左手首に金色のブレスレットを嵌めている。 「ケーキ買って帰るからね」 「ありがとう」 「スワロフスキー?」  理穂(りほ)ちゃんが青い箱を見て言う。 「何万もするんじゃないの?」  理穂ちゃんは長女で大学生で化粧をしていて色っぽい。オフショルダーの白いトレーナーを着ている。背は高くない。大学生なのに藍子より低い。 「ママ、三者面談来てくれるよね?」  樹里(じゅり)ちゃんと文香(ふみか)ちゃんは双子でキキララのパジャマを着ている。目が大きくて耳にピアスの穴が開いている。そっくりすぎて時々見分けがつかない。 「いつ?」 「水曜日」 「無理かも」 「また日渡(ひわたり)さんに来させるの?」  ママのマネージャーである。 「しょうがないじゃない。二人とも成績安定してるしママじゃなくてもいいでしょ?」  ママは藍子を見た。 「藍子は? いつなの?」 「同じ日」 「何時?」 「四時」 「ちゃんと行くから、心配しないでね」  ママが出ていくと双子に頭を叩かれた。  理穂ちゃんは藍子の椅子の背凭れを掴んで倒す。転んで肩や腰を床にぶつけたのでとても痛い。  (なずな)ちゃんは藍子に嫌がらせをすることはないけど助けてもくれない。コーラを飲みながらテレビを見ている。アニメを見ている。  土曜日で学校がない。外は雨である。空は暗い。蒸し暑い。  文香ちゃんがリモコンを押してエアコンを動かした。エアコンが動くのを見ていると樹里ちゃんに背中を叩かれた。 「さっさと立てば?」  階段を下りてくる足音が聞こえた。お兄ちゃんである。ダイニングに入ってきた。白いTシャツを着ている。水色と灰色のストライプのズボンを穿いている。長身である。  お兄ちゃんは大学の工学部で機械工学を勉強していて柔道部に所属している。柔道部員にしては長めの髪で、くっきりした二重の目には透明感がある。鼻筋が通っている。女の子に凄くモテるのに彼女を作らないのは性格に問題があるからである。サドである。  お兄ちゃんは(うずくま)っている藍子に気が付いて藍子の手を踏みつけた。寝起きのお兄ちゃんはいつも機嫌が悪い。  泣きそうになる。  それを見て双子が急いで椅子を直している。お兄ちゃんには誰も逆らえない。  この家の子供達は長い間父親から暴力をふるわれていたらしい。ママは留守がちなので気付いてくれなくて地獄だったと樹里ちゃんが言うのを聞いたことがある。  だけど藍子が家族に加わる少し前にお兄ちゃんがその父親を力ずくで追い出したので地獄から救われた姉妹はお兄ちゃんに頭が上がらないらしい。だから多少の暴力も許される。特に双子はお兄ちゃんを崇拝している。  お兄ちゃんは昔から意地悪らしくて小中高と被害者が大勢いるらしい。だけど何故か苛めの被害者の誰からも恨まれてない。ストックホルム症候群かもしれない。  お兄ちゃんは酷いことをしながら被害者を相手に気楽な雑談をしたりする。喋る時はよく喋る。本当は何を考えているのかわからない。緊張する。ドキドキする。ドキドキしすぎて気持ちよくなってくる。  お兄ちゃんは少し屈んで藍子の腕を引っ張った。藍子を肩に担ぐ。すぐ横のリビングのソファーの上に落とされて背凭れに腕をぶつけた。 「痛い」  涙が出てきた。文香ちゃんが言う。 「泣くな、鬱陶しい」 「もっと泣け」  お兄ちゃんである。藍子の前に屈んで左手で藍子の前髪を掴んで顔を上に向かせると右手を藍子の顔に添えて藍子の耳の下にキスをした。 「俺はお前の何?」 「神様」  お兄ちゃんは犬を撫でるみたいに藍子の頭を撫でて同じ手で藍子の頬を撫でると立ち上がった。ダイニングの椅子を引いて座る。グラスに牛乳を注ぐ。食パンを千切って食べる。  ソファーは赤いベロアの生地である。ネックレスを首から外してスカートのポケットに隠した。立ち上がる。  ダイニングに戻ってテーブルの横のワゴンに入っている瓶を取って蓋を開く。  電子レンジの横にあるコーヒーメーカーに粉を入れて出来上がりを待つ。マグカップに注いでお兄ちゃんに渡す。お兄ちゃんの横の椅子に座った。  お兄ちゃんが食パンを分けてくれたので一緒に食べる。枇杷のジャムを塗って食べる。   お兄ちゃんは気性が荒くて怖いけど優しいこともあるのでいつも様子を見て近くに行くようにしている。最初は藍子がお兄ちゃんにくっついているだけだったけどすぐにお兄ちゃんも藍子を可愛がってくれるようになった。後ろから抱き締めてくれたりする。それで嬉しくなって先週の日曜日の夜、お兄ちゃんの部屋でゾンビ映画を見ながらお兄ちゃんの手を掴んで脚を撫でさせたりお腹を撫でさせたりしていたら服を捲られてブラジャーを外されてびっくりした。  泣いたら放してくれたけど調子に乗るとあんなことになる。お兄ちゃんはどこか吹っ切れているので何をされるかわからない。  藍子はママの本当の子供ではない。お兄ちゃんとも実の兄妹でないことをお兄ちゃんは知っている。だから意地悪の延長で藍子を犯しても大したことではないのかもしれない。  お兄ちゃんのことは好きで確かに恋していて触られるとドキドキするけどお兄ちゃんはモテるので多分そういうことに慣れていてハードルが低いんだろう。  だけど藍子にとっては一大事である。子供っぽい少女漫画が好きでキスやそれ以上のことは結婚する人としかしたくない。家族として藍子を迎えてくれたママを幻滅させるようなことをしてはいけない。  
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