お菓子の家

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 藍子(あいこ)は孤児院で暮らしている。  十歳の誕生日の朝に女の人が藍子を訪ねてきた。先生が喜んでいる。 「凄い女優さんが来たのよ」  小さな駐車場に大きな車が停まっている。  その女の人は色が白くて茶色い髪が長くて背が高い。水色のワンピースが似合っている。銀色の丸い耳飾りが耳の下で揺れていて口紅はオレンジ色である。  優しそうな目だけどじっと見られると顔が熱くなる。目を逸らさないとドキドキしすぎて気を失ってしまう。だけど目を逸らすことが出来ない。  こんな綺麗な人は見たことがない。後ろにひっくり返りそうになった時抱き寄せられてケーキみたいないい匂いがした。とても甘い声で言う。 「ずっと探してたの。やっと見つけた」  先生が藍子の部屋の荷物をまとめて紙袋に入れて持ってくる。新しい家族が出来て孤児院を出ていく子を見送ったことは何度かある。自分の番が来るなんて思ってなかった。  その日の内に車に乗せられて三階建ての大きな家に連れていかれた。  大きな煙突が見える。大きな窓に緑色のカーテンがかかっている。煉瓦の塀が家をぐるっと囲んでいる。庭に木がある。緑色の葉が茂っている。近くに森がある。  隣の家とは離れている。大きな家ばかりなので多分この辺りはお金持ちしか住んでない。  芝生の庭には手作りのブランコがある。びっくりしすぎて頭がぐらぐらして玄関ドアの前で座り込んだ所までは覚えている。  目が覚めると天井は紺色で布団はピンク色のリンゴ柄だった。ゾウ柄のパジャマを着せられていた。ひよこ型の時計が壁に掛かっていて七時をさしていた。  ピンクのカーテンは半分開いていて外が見える。明るいので朝である。  部屋を出ると向かいの部屋のドアが開いていて赤い壁紙と絨毯が見えた。  部屋の中に双子の女の子がいる。そっくりである。  二人とも長い髪をツインテールにしている。大きな目をしたウサギみたいな子達で赤いパジャマを着て床に座り込んでトランプをしている。  彼女達をぼんやり見ていると横から「藍子ちゃん」と呼ばれた。昨日の綺麗な女の人である。  切れ長の目は優しい形をしている。 「おはよう。よく眠れた? 私のことはママって呼んでね」   クローゼットを開けて服を用意してくれたので着替える。赤とピンクのチェックのワンピースである。着替え終わると手を引っ張られてすぐ隣のダイニングに連れていかれた。  大きな黒い木のテーブルにはチューリップ柄のビニールのテーブルクロスが掛けられている。天井は高くて大きなガラスのシャンデリアが吊るされている。  椅子は全部で七つある。その中の一つに座った。  ママは食器棚から白いお皿を出してテーブルに置く。大きな冷蔵庫を開けて牛乳を出す。  子供達がダイニングに集まってきた。日曜日だから学校がない。藍子にお皿を渡しながらママが言う。 「この子達、私の子なの。全部で五人よ」  四人しかいない。一人はまだ寝ているんだろう。  子供達はスプーンをカチャカチャ鳴らして食事を始める。誰も藍子を見ない。全員女の子である。 「ママ今から仕事だから。皆、藍子ちゃんと遊んであげてね」  ママの耳には三角形の銀色の耳飾りが揺れている。ママは長い髪を後ろで束ねて赤い鞄を持って出ていった。  赤いヘアバンドでおでこを出した女の子は多分一番年上である。白いシャツワンピースを着ている。猫みたいな目と小さな鼻がとても可愛い。彼女が言う。 「あたし塾」 「あたしだって友達と約束あるし」  二番目に大きい女の子が言う。彼女は顔も体もとても細い。黒いTシャツに緑色のチェックのズボン。一重の目がさっぱりしていて冷たそうだけど鼻が高くて大人っぽくて美人である。髪の毛は他の子達より短くて肩に届いてない。 「……何する?」  赤いパジャマの双子は藍子と年が近そうである。藍子を見て言うので嬉しい。  だけど藍子を誘ったわけではなかったらしい。ついていくと「うっとうしい」と言われた。 「ブスの癖に髪が綺麗なのがむかつく」 「顔、雀斑(そばかす)だらけじゃん」 「本当にママの子?」 「きょうだいの中で一番似てないよね。一番不細工」  庭に出てブランコに乗って遊んだ。  双子が二階のベランダから藍子を見ている。  ブランコを漕ぎ始めてすぐに塀の近くの木の下に何かあることに気が付いた。白くて丸いものである。ブランコから降りて近付く。大きなモミの木の下である。鶏が死んでいた。  ベランダから双子が言う。 「その鶏は卵を産まなくなったからお兄ちゃんが殺したの、昨日」 「卵を産まない鶏なんていらないもんね」  可哀想だと思った。鶏のお腹を触ると冷たくてとても固い。ハエや蟻がいっぱいだったので掃って持ち上げた。  花壇の近くにお墓の穴を掘っていると双子が二階から降りてきてサルビアを蹴散らした。双子が言う。 「何やってんの?」 「馬鹿みたい」 「待って、お兄ちゃんがいるよ」  急に怯えて走り出してそれぞれが別の木に登っていった。器用である。藍子は運動神経が悪いので羨ましい。彼女達の声が聞こえる。 「ジュリ! カブトムシいた」 「こっち芋虫いる! いや、気持ち悪い」  大騒ぎしながら緊張した顔をして葉っぱの間から同じ方向を見ている。その方向を辿って振り向くとウッドデッキに男の子が座っていた。  水色の縦縞のシャツを着ている。パジャマを着ているのでこの家の子なんだろう。体が大きいので中学生かもしれないし高校生かもしれない。多分きょうだいの中で一番年上である。  彼はじっと藍子を見ているので緊張した。だけど優しそうな目がママに似ている。きょうだいの中で一番ママに似ている。凄くかっこいい。彼を見ていると地震で揺れているみたいに体がふわふわする。咄嗟に挨拶をしないといけないと思った。  立ち上がって土の付いた手でスカートを握りしめてお辞儀する。そうしたら手招きをするのでウッドデッキまで早歩きをした。  彼の後ろの窓が開いている。リビングが見える。  王子様みたいな顔をしている。彼のすぐ前に立ってもう一度お辞儀をして挨拶をした。 「北山藍子です。よろしくお願いします」  頭を上げる前にワンピースを捲られて太股を抓られた。 「痛いっ」  男の子の手を掴んで離そうとするけど藍子の太股の肉を抓んで離してくれない。凄く痛い。 「痛い、痛い」  手が離れるとすぐに後ろに下がった。そうしたらウッドデッキから転げ落ちた。  顔や脚に芝生がちくちくする。膝を擦りむいている。ワンピースは土で汚れてしまった。泣いた。そうしたら双子の声が高い所から聞こえた。 「馬鹿」 「馬鹿」 「泣き虫」 「うざい」  涙が止まらない。息が苦しい。手で目を擦っていると手首を掴まれた。  男の子は「ごめん」と言いながら藍子を引っ張って立たせるとワンピースに付いた土を掃ってくれた。  藍子の背中と太股を持って藍子を抱っこした。落とされないようにしがみついた。彼の肩に顎を乗せて彼のパジャマを掴んで落ちないようにする。  藍子を抱っこして家の中に入ると膝を消毒して絆創膏を貼ってくれた。  リビングの絨毯は赤地に金色の植物の模様がある。灰色の小さな猫が丸くなって寝ている。  名字が北山から鷹取(たかとり)に変わった。
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