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情事
天井に固定されたプロジェクターから、色鮮やかな光が伸びている。
ベージュのクロスに囲まれた室内。
ターコイズブルーのラグマットと間接照明の淡い灯り。
開けっ放しのカーテンの両サイドには、観葉植物のアレカヤシが、夜空の下弦の月を妖し気に彩っている。
ローテーブルに置かれたスコッチの空き瓶。
ふたつのグレンケアンのグラスには、琥珀色の液体が揺れている。
ブロックチーズの包装紙。
食べかけのフィナンシェ。
コンビニのミニサラダに、突き刺さったままのフォーク。
プロジェクターのリモコン。
ワイドスクリーンに映し出された女の身体は半裸に近く、剝き出しの肩から胸元にかけて、シルバーの鎖が無造作に置かれたままになっている。
静止画像が、コマ送りで女の表情へと切り替わる。
長く細い首に出来た索状痕。
虚空を見つめる生気のない瞳。
白い頬の涙の跡。
粘着テープで塞がれた口元。
高樹優弥は、手にしたリモコンを操作しながら、自分に覆い被さる並木静子の頬を撫で、
「時折、わからなくなるんだ」
「なにを?」
「どっちの静子が本物なのかな?」
「どっちだと思う?」
高樹と静子は、ふたりで購入した大きめのカウチソファーに身体を沈め、互いの肌の温もりや息づかいを確かめていた。
高樹がおかしな質問をしたのは、コンドームを付けて貰って直ぐに、自分自身が萎えてしまった罪悪感からくるもので、それは今回に限ったことではなく、いつも通りの身体の反応だった。
静子は、
「…試してみよっか?」
「なにを?」
「続きよ」
「え?」
「君代がされたことよ」
「君代?」
「うん」
「って、誰?」
静子は悪戯っぽく笑って、スクリーンを顎で指した。
高樹は、
「ああ、役名か」
「殺してあげる」
「いいよ」
静子はそう言って、高樹の首を軽く締めた。
高樹はふざけた声を出して、照れくさそうに笑った。
こうしてふたりで過ごす時間は、静子にとって特別な慰めだった。
高樹の声や、鼻筋や唇も。
生真面目すぎる性格や、不意に浮かべる不安げな表情も。
そのすべてが愛おしくて苦しかった。
静子は、
「もぉっ…大好き」
と囁いて、高樹の唇を舌先で拭った。
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