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義母藍子
東急二子玉川駅で降りた靜子の足取りは重たく、家路とは反対方向の二子橋で、生まれ育った対岸の、遥か遠くに見える登戸の街並みをぼんやりと眺めていた。
多摩丘陵には、かつて遊園地があって、丘の上からは子供たちの歓声が響き渡り、昔からこの土地で暮らす住民にとってその風景は、故郷の自慢であり誇りでもあった。
最寄駅と遊園地を結ぶモノレールは、ロッキードマーチン社製で、シルバーと赤の車体はいつもガチャガチャとうるさかった。
靜子は、家族で通った銭湯帰りの光景を、今でも鮮明に覚えている。
夕暮れ時のひぐらしの声。
赤錆びの目立つ架橋。
コンビニの店の灯り。
銭湯の煙突から昇る白い煙。
両親の手の温もり。
通過する最終便のモノレール。
靜子は、そんな面影も無くなった丘陵を目にする度に、チクリと胸が痛くなった。
大観覧車も、ジェットコースターも、モノレールも無くなった故郷。
そして、飛行機事故で死んだ両親との想い出。
いつかは自分も居なくなって、忘れ去られてしまうのではないか。
それなのに、何故生きているのだろう。
人間は、死ぬために生きているのだろうか。
そんな葛藤に苦しむ自分が、時折忌々しく、恐ろしくも感じていた。
終いには、自ら生命を放棄しそうで怖かった。
靜子の家は、駅近のタワーマンションで、孝次郎の母親が結婚記念にと一括購入したものだ。
靜子の義母である藍子は、銀座のクラブのオーナーで、ホステスから裸一貫で成り上がり、女手ひとつで孝次郎を育てあげた。
常客には、政界や芸能界の重鎮も多く、靜子の所属する芸能プロダクションの会長とも顔見知りだった。
藍子は以前、
「あなたは大女優にはなれないわね、裸同然の格好で、いつも男に殺されてるじゃない。私は目を見ればわかるのよ。あなたは所詮殺され役。そうよ、そうそう!靜子さん、あなたは死体女優がお似合いなのよ。その道を極めてみたら?若い時にしか出来ないわよ、いやらしい格好で画面に映るなんて!傑作だわね、死体女優!」
と、靜子を罵倒したことがあった。
ひとり息子を寝取った女。
藍子は靜子を毛嫌いしていた。
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