本編

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半年ほど前、仕事帰りのフミは、店を出たところで声を掛けられた。 「フミちゃん、寄ってかない?余り物の処分をお願いしたいんだよね」 フミは高鳴る鼓動を落ち着かせるように、肩に掛けた鞄の紐を握りしめる。 斜め向かいで『アサール』という名のカフェ&バーを営む八反は、整った顔に人懐こい笑顔を浮かべて手を上げている。 祖母がスペイン人らしく、甘いマスクと長身の、誰もが認めるイケメンだ。 「えっと、じゃあ……」 フミはおずおずと八反の元へ向かった。 「今日はもうお終いですか?」 店内に入り、カウンターに腰掛ける。 八反は厨房に入って、冷蔵庫からローストビーフを取り出した。 「うん。夕方から貸し切りだった。学生の時の友達の結婚祝賀会」 「そう言えば賑やかでしたね」 八反は料理を差し出すと、フミの前にグラスを置く。 「フミちゃん、シャンパン飲む?俺、全然飲めなかったからさ、ちょっと付き合ってよ」 それからアルコールの力も加わり、フミは八反と小一時間話し込んだ。 厨房にいた八反はフミの隣に座り、気付けばやたらと距離が近くなっていた。 「フミちゃんさ、息子さんが帰ってきたらどうすんの?」 店主夫婦には息子がいて、現在はフランスへパティシエ修行に行っているのだ。 「うーん、どうしましょう?お役御免になる前に『ぴよこっち』の味を習得したいんですけど……」 フミは『ぴよこっち』の洋菓子に心底惚れ込んでいる。 高校生の頃に通学路にあったこの店で、何気なく買った菓子を食べて、その美味しさに震え、感動のあまり涙まで出た。 それ以来、ずっと店主の下で修行することを目指してきたのだ。 「出来るなら、フミちゃんにお嫁さんに来て欲しいっておばさんが言ってたけど」 フミはアハハと笑った。
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