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それから、物言いたげに通りの向こうから店を見つめる八反の姿を何度か見かけた。
しかし、元々営業時間も重なっている上にお互い多忙で、顔を会わせる機会はないまま。
そして、ある日のこと、フミは見てしまったのだ。
店の二階にある八反の部屋の窓越しに、ロングヘアの美女と八反が抱き合う姿を。
「八反くんは良い男だからねぇ、実は何度も見たことあるのよ。閉店後や定休日になると頻繁に女の人が来るの。しかも、複数いるみたい。全部モデルみたいな美人さんよ」
奥さんがひそひそと囁いた。
「フミちゃん、八反の毒牙にだけはかからないでくれよ、フミちゃんはこの商店街のアイドルで癒しなんだからさ」
八百屋の息子の光輝は眉をひそめる。
と、言うことで、フミはあっさりとあの夜のことは忘れることにした。
あの規格外のイケメンシェフがフミを狙っていたなどあり得ない。
いや、きっと若い女性なら誰でも良いのだ。
たまたまそこにいたから声を掛けただけだ。
そう言い聞かせた。
「トリック・オア・トリート!」
扉を開けて入ってきた子供達に個包装したクッキーを渡し、各々が首から下げたカードにスタンプを押す。
「ありがとう!」
扉を開けて、口々に告げる笑顔に手を振って送り出した。
「フミちゃん、ご苦労様」
顔を上げると、青年部の面々が通りの真ん中に集まってこちらを見ていた。
その中に一際長身のドラキュラを見つけて心臓が跳ねる。
「フミちゃんが街コンに参加できないって聞いて、みんな残念がってたよ」
親父さん譲りのくしゃっとした笑顔を浮かべる狼は、自転車店の浜崎だ。
「結構女の子が集まってるじゃないですか、さっきから眺めてたけど、皆、可愛いかったですよ」
包帯をぐるぐる巻いた呉服屋の英治さんは腕を組んで頷いた。
「美空大に八反を連れて勧誘しに行ったのが功を奏したよな」
八反の名前が出て、フミは騒ぐ胸を押し止めて笑顔を浮かべる。
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