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1若草色
どこかで小鳥がさえずっている。
少し湿気を含んでいて、それでいてどこかに冬の厳しさを潜ませた、柔らかい風が耳元のおくれ毛を揺らす。
弱弱しい太陽の光が、雲間から辺りをまだらに照らしている。
冬枯れした草むらから、放射状の小さな草花の芽が早くも伸び始めている。
辺りは柔らかい新緑に覆われている。
やがて細々とした、だがしっかりとした甲高い音が、風の音と小鳥のさえずりに加わった。
それはもっと近くで聞こえる。
(何の音だろう?)
辺りをゆっくりと見渡す。
傍らに、坊主頭の少年が座っていて、一枚の葉っぱを唇に当て、鳴らしているようだ。
年の頃は10歳くらい。
つぎはぎだらけの着物を着ていて、草笛を吹いている。
少年はゆっくりとこちらを振り向き、笑顔になった。
「この草で吹くのは難しいから、莢子と冬子は、こっちの草でやるといい。」
彼は立ち上がって、周りの草から何かを摘み取ると、女の子たちに手渡した。
「ほら、カラスノエンドウの豆。
こうやって、端をちぎって、開いて…
豆を取り出したら、出来上がりだ。
これだと、曲はなかなか吹けないけど。」
彼は豆を取り除いた莢を口にくわえ、すぐに鳴らしはじめた。
彼の真似をして、渡されたものを口に当てて、息を送ってみる。
鳴らない。
隣に座っていたもう一人の少女も、同じように鳴らそうとし始めるが、一回ではうまく出来ない。
それでも何度か顔を真っ赤にしながら挑戦していると、少しずつ鳴るようになった。
「そうそう。莢子はすぐ出来るようになったな、すごいぞ。上手いな。」
「冬ちゃんのも、もうすぐ鳴りそうだよ…、あっ、鳴った!!冬ちゃんも、私も、二人とも音が出るようになったね、やったあ!」
「二人とも、やるな。すぐに俺より上手くなるんじゃないか。」
三人でしばらく練習していると、やがて小さな男の子の集団が通りがかった。
どの子もやはり、つぎはぎだらけの着物に丸坊主だ。
「リョウ兄ちゃん、こんなところで座ってないで、こないだみたいに野球ごっこしようよ。」
「野球って言ったって、今日はボールもないだろ?また今度だ。」
「ちぇっ。・・女の子たちと何やってるのかと思ったら、草笛かよ。そんなの鳴らすの簡単だろ。俺たちにだって出来る!!」
「俺も出来るし!!」
男の子たちも次々に豆を摘み取り、先を争って挑戦し始めた。
しかし、なかなかすぐに音は鳴らない。
あっという間に飽きたらしい一人が、気づかなくて良いことに気が付いた。
「あれ???莢子が莢を笛にしてるのか??・・・ハハハハ!!サヤコがサヤ吹いてる!!サヤコがサヤを笛にしてる!!ハハハハハハ!!!!」
「本当だ!!サヤコがサヤ吹いたら、共食い、じゃなくて、共吹きか?ギャハハハハ!!!」
「ギャハハハハハ!!ほら、吹いてみろよ、サヤコ!!うまく共吹きしてみろよ!!」
うつむいた莢子の視界はみるみる歪み始め、自らの膝あたりの着物の縞模様もぼやけて見えた。
リョウ兄ちゃんと呼ばれた少年が、のんびりと、穏やかな口調で口を開く。
「おいおい、女の子をからかって、それで勇士になれるのか?愛国烈士、爆弾三勇士だったなら…
たとえ尋常小学生の時分であっても、そんなことしなかったんじゃないか?」
男の子たちはピタリと黙った。
「たとえば今、勇士が尋常小学校一年生で、ここに居たとしたら…」
リョウ兄ちゃんは、少し間を置いた。
「どんな任務を任されるだろうな?」
「爆弾を、抱えて、トツゲキする!」
「爆弾三勇士だ!!」
「あの木を目標にしよう!!トツゲキだ!!」
男の子たちは、空中で見えない何かを大事そうに腕で抱えた。
そしてその腕の形を保ったまま、興奮と緊張の混じった面持ちになると、突然走り去った。
どうやら遠くに見える木に「トツゲキ」するらしい。歓声が遠ざかる。
「莢子、大丈夫か?」
「うん…」
「あいつら、ああやって要らないことばっかり言うんだよ。本当に腹立つよね!気にすることないよ、莢ちゃん。」
冬子も憤懣やるかたないという様子で口をはさむ。
「お兄ちゃん、あんな奴ら、殴っちゃえば良いのに!!」
「おいおい、俺はあいつらより三つも年上なんだぞ?チビたちを殴ったら弱い者いじめになるじゃないか、そんな訳にはいかないよ。」
リョウ兄ちゃんは冬子の怒りをまったく気にしていない。
「それにしても莢子は泣かなかったな、偉いぞ。」
「ううん、本当はちょっと泣きそうになったよ。でも我慢したの。」
「ハハ、そうか、偉い偉い。」
二人に慰められて、莢子の気分はほとんど元に戻った。
改めて身じろぎしてみると、懐で何かがガサガサと音を立てた。
紙包みが入っているのに気づき、取り出して開いてみる。
そこには干し芋の切れ端が数切れ入っていた。
「あっそうだ、私、干し芋持ってきたの。
干し芋好きなんだ。みんなは好き?」
莢子は甘いものが大好きで、嫌なことがあっても美味しいものさえあれば、すぐに気分が元通りになる。
「美味しいよな、好きだよ。」
「私も大好きー!」
「じゃ、みんなで食べよう」
そそくさと三人で分配する。
「うわあ、莢ちゃんありがとう!」
「ありがとうな」
「干し芋、干し芋」
つぶやきながら、両手の指先につまんだ干し芋を、食べようとして・・・・・
紗綾は目覚めた。
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