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10金色
午後九時くらいまでは大混雑だったであろう大通りも、さすがに夜も更けたこの時間では、かなり人影が少なくなっていた。
混雑がきわまり押しのけられた点灯初日のあの日とは、比べ物にならない。
「わあ、綺麗……」
「綺麗ですね……」
冷たい夜の空気に、くっきりとしたイルミネーションの光が、華やかに輝いている。
凍り付きそうな夜だが、紗綾は寒さを忘れるほど、見惚れてしまった。
すっきりと見通しの良いイルミネーションは、一人で初めてこのイルミネーションを見た時よりも、ずっと綺麗だ。
誰かと一緒に綺麗な風景を見るのがこんなに楽しくて心が温まるものだと初めて知って、紗綾は嬉しかった。
時折吹く凍るような風に、かじかんだ指先や露出した耳は痛くなるが、つらさは感じない。
「あれ、紗綾?」
突然、声を掛けられて、紗綾は振り向いた。
「…あれ?唯?」
そこに立っていたのは、大学の友人である唯と、紗綾の知らない男性だった。
二人は手をつないでいる。
「紗綾もライトアップ見に来たの?…もしかして、バイトの帰り?」
「うん。唯は…、デートだね。」
「んっふふ。」
部分的に髪が赤い唯は、笑顔になった。
抑えようとしてもつい笑顔になってしまう、そんな笑い方だ。
紗綾は、唯とその優しそうな彼氏さんを、交互に見つめた。
普段の唯とは明らかに雰囲気が違う。
いつもの彼女はカジュアルな服装だが、今夜は黒を基調とした大人っぽい雰囲気で、普段よりお洒落していると思った。
そして何より幸せそうなオーラが出ている。
紗綾はうっかり声に出してしまった。
「うわあ、いいなあ……!」
「遠藤さんの友達?」
紗綾の声に気づいて、少し離れたところにいた涼太が声を掛けた。
「あ、そうなの。大学の友達で…」
唯は目を丸くした。
「あれ?紗綾、この人は…?」
「あの、バイトが一緒の人で、たまたま帰りが一緒になって…」
「ああ、そうなのー…」
唯はまじまじと涼太を見つめて少し沈黙した。
そして手をつないでいる彼氏さんに小声で何か話すと、紗綾を掴んで引っ張った。
離れたところまで行くと、紗綾の耳元でささやく。
「ちょっと!すごいイケメンじゃない!どういうこと?」
「どういうことも何も、たまたま帰りが一緒になって…」
「ふーん…。あの人、彼女いるの?」
つよつよメイクを施した目で、鋭く見つめながら唯が尋ねる。
「…そんなの知らないよ!」
紗綾は悲鳴を上げた。
「もしも、もしもだけどお…。彼女がいないんなら、狙った方がいいんじゃない?」
「は?」
「紗綾、チャンスがあったら、行っちゃいなよ!」
「な、何言ってるの!?」
唯はまた紗綾を引っ張り、涼太と彼氏さんのところへ戻った。
「ねえ、紗綾、写真お願いしていい?」
唯は自分のスマホを差し出した。
紗綾はイルミネーションをバックに、夜景モードで二人を撮影した。
唯と彼氏さんは仲睦まじく寄り添い、決めポーズを取る。
「はい、チーズ!」
キラキラの背景に幸せそうな笑顔、最高に良い写真が撮れた。
「ありがとう!わあ、キレイに撮れたね!…じゃあ、紗綾も二人で並んで!せっかくだし、撮ってあげるよ。」
「え?私はいいよ……」
「はいはい、遠慮せずに。ほら、そこに立って。ついでだからさ!」
「え、そんな…」
「はいはい、バイトのお友達の彼も、ここに並んでね!」
(ええっ?)
「ああ、じゃ、…お願いします。」
涼太は素直に紗綾の傍らに並んだ。
(あれ?)
「あ、もうちょっと二人は近づいて。」
少し戸惑った涼太は、一歩近づいた。
「これくらいですか?」
「あともうちょっと!」
仕方なく、半歩ほど涼太は歩み寄った。
二人の距離は近い。
涼太に近い紗綾の半身は、恥ずかしくて離れたくて仕方がなく感じる。
それでいて、涼太に遠い方の半身は、ずっとこのままでいたいように感じていた。
「そうそう。じゃあ撮るよー。紗綾、笑って!はい、チーズ!」
我に返った紗綾は、慌ててぎこちなく微笑む。
画像を確認すると、紗綾のポーズは直立不動で、その笑顔は引きつっている。
「う、うう……」
「どーお?…撮り直そっか?」
「…ううん、もう、いいよ…。ありがと…。」
改めて、爽やかでモテそうな涼太と並んだ自分を画像で直視して……
紗綾は激しく落ち込んだ。
(これもう『公開処刑』じゃない……?…泣きそう……。)
◇◇◇◇◇◇
「な、なんか、ごめんね…。」
唯とその彼氏さんは、すごい勢いで写真を撮ったあと、嵐のように去って行った。
「全然大丈夫ですよ。見に来た記念になりましたし。」
「それなら良かったんだけど…。」
(ああ、分かってはいたけど…落ち込む…。公開処刑……)
さっき唯に撮ってもらった二人の写真の不釣り合い具合が、紗綾の脳にこびりついて離れなかった。
そろそろライトアップの消灯時間が近い。
駅へ向かおうと、角を曲がる。
その時、目の前の道路を何か小さいものが、素早く横切った。
「…あ、猫。」
道を横切った一匹の野良猫が、こちらを振り向いていた。
フワフワした長い毛をしていて、闇の中でその目を銀色に光らせている。
その口には、からあげのようなものをくわえていた。
「うわっ!」
突然涼太が叫んだ。その表情は、硬くこわばっている。そんな彼の表情は初めてだった。
「えっ?……ど、どうかしたの?」
涼太の声に驚いたのか、あっという間にその野良猫は路上から側溝の中に隠れた。
珍しくうろたえた涼太は、しばらくすると気まずそうに口を開いた。
「………実は、猫が苦手なんです……。」
紗綾は意外に思った。
「……そうなの??」
猫が飛び込んだ側溝へ近づいて確認してみたが、どうやら遠くへ走って逃げて行ったようだ。
「…大丈夫、遠くに逃げたみたいだよ。」
少し後ずさりしていた涼太は、自嘲気味に笑った。
「猫が苦手な人って、あまり居ないから……変ですよね?」
「……そ、そんなことないんじゃない……?確かに珍しいかもしれないけど、苦手って言ってる人、涼太くんの他にも知ってるよ……」
「そうなんですか?」
涼太が少し嬉しそうにする。
「うん……」
そう答えながら、(猫が苦手なの、誰だったっけ……?)と紗綾は考えたが、よく思い出せない。
はっきりと覚えていないが、過去に猫が苦手な知り合いが、確かに存在していた気がする。
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