9鼈甲色

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9鼈甲色

思い切って、口を開く。 「あの……さっきは教えてくれて、ありがとう。……助かりました。」 涼太は少し首を傾げた。 「??ああ、……全然、気にしないでください。」 白い息を周りにまとわせながら、涼太が尋ねた。 「……そういえば、僕の気のせいかもしれないけど…。もしかして、遠藤さんは、僕のこと、苦手だったりしますか?」 その思いがけない切り出しに、紗綾は焦った。 どうやら、涼太に話しかけられると、いつだって焦ってしまうようだ。 「そ、そんなことないよ!」 「それならいいんですけど……。前も、話しかけた時に驚かせて、遠藤さんにコップを割らせてしまったから……。あの時は僕のせいですみませんでした。」 背の高い涼太に斜め上から優しく見つめられて、紗綾は慌てた。 相変わらず、風が彼の髪を揺らしている。 「こちらこそ、あの時はごめんなさい!あれは単にビックリしただけで、涼太くんのこと、苦手だとか、そんなんじゃ全くないから!!」 「そうでしたか。……はあ、良かった。」 涼太はゆっくりと安堵のため息をつくと、心のつかえが取れたかのようにニッコリと笑った。 「もしかしたら、遠藤さんに避けられたりしてるのかなって、ずっと不安だったんです。」 紗綾はドキリとした。 決して避けているわけではなかったけど、涼太が近くにいるだけで挙動不審になりそうだった。 その上、また何かミスをしてしまう危険性を感じていたのは本当だ。 ただ、涼太にそんな風に思われていたのが意外だった。 「そんなこと、あるわけないよ!ただ、ちょっと、私が人見知りする性格だから……。私の性格のせいで、変に誤解させてしまってごめんなさい。」 ドキドキしながら答える。 「遠藤さんとはずっと話してみたかったんですけど、なかなか話しかける機会がなくて。」 涼太はサラリと言ってのけた。 驚いた紗綾は、思わず隣の彼の顔を見上げた。 夢の中の「良太」と同じ、どの角度から見ても綺麗な顔立ちで微笑みながら、「涼太」はこともなげに続けた。 「あ、そうだ。もし遠藤さんが嫌じゃなかったら、今から大通りのイルミネーションを一緒に見ませんか?まだちゃんと見てないんです。」 (…えっ?今、なんて…) 「いつもは人が多いからあの通りは避けてるんだけど、もうこの時間だと人も少なくなってるでしょうし。……この時間でもまだ点灯してるかな?」 そう言うと、涼太はスマホで確認しはじめた。 びゅうっ。また強い風が吹く。 紗綾は度肝を抜かれて、息をするのも忘れそうになった。 (この人は、平然と、何てことを言うんだろう!?) (あまり話したことないバイト先の異性を、すんなりイルミネーションに誘っちゃうなんて!女性と遊びに行くのに慣れてる??) 涼太が女性と遊び慣れた浮ついた人間である可能性が、突然に浮上した。 だが、それと同時に、こんな考えも脳裏に浮かぶ。 (もし仮に、涼太くんが浮ついた男の人であったとしても……。この機会を逃したら、誰か素敵な人と一緒にイルミネーションを見ることなんて、一生無いかもしれない!!) 紗綾の手はさっきから小刻みに震えている。それは寒さのせいだけではないのかもしれない。 「そ、そうだね!私もまだゆっくり見てなかったから……イルミネーション、見に行きたいです!」 「良かった。じゃ、行きましょうか。」 カチコチに固まった紗綾の様子に気づいていない様子の涼太は、なおも気軽に話しかける。 「……あ、そうそう遠藤さん、おなかすきませんか?」 涼太はそう言ってリュックを下ろすと、中を開けて、ガサゴソと何かを探し始めた。 「……え?……あ、えっと、どうかな……」 紗綾は我に返った。 「これ、一緒に食べます?今、こんなのしか持ってないけど。」 涼太が手袋をはずした手で差し出したのは、干し芋の袋だった。 「……。」 意外な食べ物が出てきて、紗綾は思わず絶句した。 ……人がかなり減ったとはいえ、きらびやかなイルミネーション会場へ向かうには、なんだか場違いに思える。 しかし、呆然とその袋を見つめているうちに、実際に自分のおなかはペコペコなことを、徐々に思い出した。 もし涼太にイルミネーションに誘われていなければ、今頃は一目散に帰宅の途についていたはずだ。 その道すがら、「さっさとご飯食べたーい!」などと思っていたことだろう。 今まで極度に緊張していたので、空腹感がどこかへ消えていたのだ。 急におなかが鳴りそうになる。 「……ありがとう!……実は私、干し芋、好きなんだ……。」 「良かった。僕もけっこう好きなんですよ。忙しかったし、気が付いたらこの時間になってましたしね。」 「…わ、私も何か持ってれば良かったんだけど、今日は持ってなくて……。」 渡された干し芋は、黄色っぽい色合いで美味しそうだ。 二人で分け合って食べながら、冷たい風に吹かれつつ会場への道を歩いていく。 何の変哲もない、コンビニで売っている干し芋だし、寒空の下で冷えてカチカチになっている。 頑張って噛みつかないと、固くて食べられない。 しかし、その甘さは疲れた身体に染み渡るようだった。 そしてそれがバイト先の素敵な男性からもらったものならば、その価値はほとんど無限大のようなものだ。 「おいしい……。おなかすいてたから、すごく嬉しい。ありがとう!」 思わず心からの笑顔がほころんだ。 紗綾がかじっているものは素朴な干し芋だが、何だかんだ言ってもロマンチックなシチュエーションだ。 紗綾はイルミネーションを目にする前から、既に夢を見ているような心地になっていた。 (うわーー、幸せ!!今まで食べた干し芋の中で、これが一番おいしいかも!!) しかし、心の片隅で何かが引っかかった。 (……ん?なんだかこのシチュエーションって、どこかで経験したことがあるような??…ううん、そんなことは今まで無かった、はず…。)
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