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「返却は、返却ボックスでお願いできるかしら?えっとね、ここはカウンター開いていても、返却はそっちってことになってるんですよねえ」
「あ、いや、そうじゃなくて……!」
私はざっと経緯を説明した。
父がどうやらうっかり、この図書館から貸し出し禁止の本を持ち出してきてしまったらしいこと。
それが、図書館に置いてあるにしても随分ボロボロで、書き込みや折れ目だらけの本だったこと。
何度父が返却ボックスに戻しても、本が家に戻ってきてしまうこと。
段々と、楽天的だった司書さんも真剣な顔になっていった。私から本を受け取ると、これ、と眉を顰める。
「……また、あのお屋敷からの蔵書だわ」
「え」
「いえね。何年か前に、とある作家さんがなくなって、蔵書がいっぱい図書館に寄付されたんですけどね。その本の中にはちょっと妙なものがあって。そう、これとか」
彼女はぱらぱら、と文庫本をめくって、最後のページを開いた。確かにそこにも、A図書館のハンコが押されてある。同時に、“風美原玄”という、名前なのか地名なのかわからない文字の黒いハンコも。
「この、風美原さんって人の本だったんですけど。……一応、こうやって寄贈された時にうちの図書館の本としてハンコは押したんですけどね……ほら、ボロボロでしょう?これはさすがに置けないわってことで、あまりにも古いものは捨てたはずなんですけどねえ。この本のレベルだと、捨てられたはずなんですけど……何故か時々、利用者さんがうちに返してくるんですよねえ。何故か手元に紛れ込んでた、って」
何か憑いてるのかしらねえ、とのんびり言うおばあさん。
「だから、そういう本はお札とか挟んで奥にしまっていたはずなんですけど。ううん、この本も、お札がないわねえ。どっかで落ちちゃったのかしら。……何度も手元に戻ってくるなら、きっと貴女のお父さんにとって、これは運命の一冊ということね。きっととても好かれているのよ」
「じゃ、じゃあ……」
「とりあえずまた、御札挟んでしまっておきますけど。まあ元に戻ってくるだけで害はないはずだし、どうしても困ったらまたうちに返してくれればいいですから」
いや、何をそんな呑気な、と私は呆れてしまった。この様子だと、ちゃんとしたお祓いもしていないのだろう。
大丈夫かこれ、と思った私は彼女は開いたページをもう一度見てぎょっとしたのだった。
さっきはなかった書き込みが、増えている。赤いボールペンで、最後の二行が書き足されている。
『本というのは選ぶものだ――自分を読んで欲しい人も、自分が呪いたい人間も。
あなたの元に来たならば、この本はつまりそういうことだろう』
この日以来、本は戻ってきていない。
ただ去年の冬、父はあんなに元気だったのに、突然倒れて入院することになった。今でもまだ病院にいる。
これが呪いなんかではないことを、祈るばかりである。
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