本の王国

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 本の王国。  私たちが住むこの街は、そう呼ばれている。  理由は簡単。本がたくさん住んでいるからだ。  七万冊という本たちが、ひしめきあって暮らしている。風通しの良いところで虫干ししたり、破れたところを自分で繕ったりしながら、本としての寿命が尽きるまでを平和に過ごす。  私たちは、子供も作る。  惹かれあった二冊の本同士で、精神を通わせる。そうして混じり合った知識や物語、登場人物の生き様などは、もう一度別の形で本を形成する。パッと、宇宙空間に星が産まれるように誕生した本は、真新しい白いページにびっしりと文字が描かれた、とても美しいもの。  そうして両親である本は、その子供に、己の中に書かれた文字との付き合い方、この世界での生き方についてを一緒に暮らしながら教えていく。  ここは、そういう王国なのだ。  ———さて。  私はそんな王国のあり方に、懸念を抱いている。  私はこれまで、様々な本の家族たちに会って話を聞き、データを集めて調査研究を続けてきた。  その結果、明らかになってきたことがある。  二冊の本が混じり合って一冊の本を産むと、その本は『平均化』するのだ。  すなわち、黄と青が混ざると緑になるように。白と赤が混ざるとピンクになるように。  両親の内容の『中間』に近い本が生まれてくるようなのだ。  もちろん、そう単純に『平均』やら『中間』やらを語れるほど、本というものはシンプルなものではないけれど。  ただ……そのような傾向がある、ということは、否めない。  そして。  様々な色を何世代にも渡って混ぜていけば、一体どうなるだろうか。  赤やら黄やら青やら、オレンジやら緑やら紫やら、その他様々な味わい深かったり鮮やかだったり地味だったりする色たちを、とにかくたくさん混ぜ続けていけば。  そう。  ———黒くなる。  どんな色を混ぜても、生まれるのは黒。黒と黒を混ぜても、黒。  本も同じだ。  いつの日か、無味乾燥で、どこを向いても変わり映えのしない本たちが溢れるようになってしまうだろう。  どの本を読んでも、似たり寄ったりな内容だなあとガッカリする日が、きてしまうだろう。  これではいけない。  一足す一が、より豊かで深い内容の本を生む時代は、いつか終わる。  いや。もうすでに、終わり始めている。  だんだんと、新しい本たちの内容が、似通い始めている。  今現在の私たちが、きっと、複雑さと個性のバランスを最も完璧な状態で併せ持った世代。  だから、と私は思う。  これからの本たちは、『子供』を作るべきではない。  私たちを増やすために、『写本』という方法を試していくべきではないか。  本の王国全体にこの考えが受け入れられるまで、時間はかかるかもしれないけれど。  本の豊かさを守っていくためには、もう、婚姻や出産の習慣をなくしていった方がいいのではないか。  私は近々この考えをまとめ、学会に発表しようと思っている。 ———『運命の一冊』に出会ったのは、それからすぐのことだった。
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