3 祈り

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3 祈り

「声に出して祈れ。ただし、自分に聞こえるだけの小声でだ。そうでないと、変人と思われる」  高校で数学を教える私は、硬式野球の練習で自打球を顔面にあてた、小森の患部に手をかざして「手当」をし、患部の回復を祈った。 「こうやって患部の全治を祈り、生体エネルギーを喚起してる。自分に施せば、健康になる。忘れてた記憶も呼び起こせる。試験で高成績をとるのも可能だ。  だが、祈ったことを忘れるな。神々や守護霊や先祖が守っている事を忘れるな。結果がどうあれ、感謝の祈りを必ずしろ。  祈りは日の出から日没までにしろ。夜、緊急に祈る場合は、いったん、神々に、守護してくれ、と祈ってから、本題を祈れ」  手当の後、私は守るべき事を説明した。  木崎と福田が、小森を「手当」する私を見ていた、そして忠告を聞いていた。  二週間後。  小森の全治一か月の小森の打撲傷は、二週間たらずで回復し、 「すばらしい回復力だ」  外科医を驚かせた。  小森は私の「手当」を外科医に話さなかった。 「それでいい」  私は小森に言った。私の知る限り、ヒーリングめいたものを信ずる外科医は身近にいないからだ。  数日後。  教え子の一人、木崎は、自分の頭部に「手当」して祈り、英語の試験で満点をとった。  小森と木崎は二人とも私の説明を理解したらしく、 「祈りの極意を理解しました。そのように実行します」  と言った。  福田は小森の「手当」を怪訝な顔で見ていた。  小森と木崎の結果を見ても、福田は不審な面持ちだった。  二ヶ月ほど後。  また、小森が野球の練習で、たてつづけに脛と膝に打撲傷を負った。自分で「手当」せず、私に「手当」を依頼してきた。  今度も、外科医が診察した期間より早く回復したが、最初の時より回復に時間がかかった。 「打撲しても、「手当」してもらえるから安心してます。それに、俺の回復力は、他人の倍以上だ」  と小森は言った。 「うぬぼれずに祈れ」  私は注意した。  木崎は英語の試験で70点代をとったた。 「試験勉強せず、記憶してないのに、ただ祈っただけだから、無理はない。前回の結果について、感謝の祈りをしたのか?」  私の問いに、木崎は、 「確かに試験勉強しなかった。試験範囲の内容を記憶しなかったんです。祈っても、記憶してない事は思い浮かばないですね。今回も、前回も、感謝の祈りをしませんでした」  と言い、その場で感謝を祈った。  福田は、私の忠告を実行しなかった二人の言葉を、疑わしそうに聞いていた。  その後。  私は、大学受験をめざす三人に忠告した。 「受験科目の各単元で偏りがあってはいけない。数学なら、全ての単元を関連づけた、複合問題や総合問題が解けるよう、全ての単元にわたって学力をつけるんだ」  小森も木崎も、過去の成績が良かったから、うぬぼれて、私の忠告を聞かず、ただ祈るだけで、総合力をつけなかった。  福田はうなずいただけだった。  大学受験後。  小森は学力不足のため、第一志望に合格せず、第二志望校に合格した。  木崎も学力不足でランクを下げ、第二志望に合格した。  滑り止めの大学に合格していた福田は、学友が受験するのにつきあって、実力以上のT大学を受験した。 「先生、T大学に合格しました!いっしょに受けた友人は、不合格でした」  合格発表会場からもどった福田は、帰宅する前に、私のもとに現れてそう言った。 「なぜか、先生の話したことが気になって、総合的に学習しました。早く記憶したくて、いつも、友だちと話すように、小声で独り言を言ってました。早く憶えようねって。うまくいったときも、うまくいかなかったときも、自分に感謝して、励ましました」 「それが、祈りだ。T大学を受験させた学友のように、君には、良き水先案内人がついてるようだね」 「いや、違いますよ。単なる独り言です。それに、誘われて、偶然、受験しただけです」  世の中に偶然は無い。思ってもみないことが起こるから、偶然と言うだけだ。  祈りで重要なのは、定義ではなく、実際に、祈りと感謝を行なうことだ。 (了)
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