カフェ夢屋

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カフェ夢屋

「いらっしゃいませー」  年季の入った扉を開けて中に入ると、もっさりした髪型の男性店員がカウンターの中から声をかけてきた。店内に客はひとりもいなかった。扉を開けたことを後悔したけど、もうどうしようもない。  カウンターはハードルが高すぎたので、ひとつしかない四人掛けのテーブル席に座った。テーブルの上にはこれまたやる気のない手書きのメニュー表がある。いちおうラミネート加工はされていた。  メニューは、コーヒー、紅茶、レモンティーの三つだけ。どれもお値段千円。 「決まりました?」  カウンターから声をかけられて、咄嗟にレモンティーを注文した。店員は「はーい」と返事をして、カチャカチャとティーカップを取り出す。  それから彼が次に取り出したのは、紅茶が入ったカップが印刷されている缶だった。蓋を取って中にスプーンを入れて粉をすくっている。  まさかと思ったけれど、やっぱりそのインスタントのレモンティーがテーブルに運ばれてきた。これで千円。ぼったくりだ。 「あ、あの!」  レモンティーを置いて立ち去ろうとした店員に声をかけると、ん? と男が振り返った。 「ここで、夢を買い取ってくれるって聞いたんですけど」  ぼったくられて何の収穫もなく帰るのも癪でそう訊ねると、長い前髪の向こうで男がパチパチと瞬きをした。  僕は持っていたチラシをずいっと男の方に向ける。 「え。あ。お客さんだったんだ?」  客じゃないなら何だと思っていたんだろう?  ……ていうか本当に夢、買い取ってもらえるんだ。  びっくりしたのと疑う気持ちと好奇心と。色んなものが混ざった気分で店員を見る。彼は唇の端を片方だけを上げて微笑んだ。 「そっか。じゃあ、はじめまして。この店のオーナー兼店長、溝口義人(みぞぐちよしと)と申します。……で、売りたい夢は、いい夢? 悪い夢?」 「悪い夢……だと思います」  そう言ってここに来た経緯を話すと、店員…もとい店長さんは目を輝かせた。 「悪夢か。いいね。ぜひ買い取らせてもらいたい」  聞けば店長さんは仕事として夢の売り買いをしているけれど、個人的にも悪夢を集めているらしい。 「あの、悪夢なんて集めて、どうするんですか?」  純粋な興味で質問をすると、うん? と店長さんが片眉を上げた。 「どうすると思う?」  逆に問われて僕は首を捻った。 「嫌いなやつに、見せる…?」 「まあ、そうかな。……世界で一番嫌いなやつに、見せたいんだ」  ドキリとした。  薄く笑ったその表情が、なんだかあまりにも悲しそうだったからだ。  思わず店長さんの顔をじっと凝視してしまう。すると彼はフイと顔を反らした。 「で、悪夢ってどんな悪夢だ? 内容によっては高値がつく」 「本当に?」 「あ。でも夢は鮮度も大事なんだ。すぐ忘れるだろ? だから見た直後からどんどん価値が下がってく。さっき言ってた悪夢、見たのいつだ?」  言われて僕はスマホの時計を確認した。十六時を過ぎている。夢を見たのは今朝だから…八時間は経っていると思う。 「八時間かー…」  査定の結果、僕の悪夢はおまけしてBランクの査定だった。夢屋では夢にS〜Cでランクを付けているらしい。 「引っ越し費用貯めたいんだっけ? ……じゃあ、ここでバイトもするか?」  こうして僕は夢を見たら夢屋に売り、更にここでバイトもさせてもらえることになった。  
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