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ランクA
「はい」
カチャカチャと食器の鳴る音がして、僕の前にアールグレイの紅茶が入ったティーカップが置かれた。ふわっと、ベルガモットのいい匂いが香る。
「さあ、吹いて」
促されて僕は大きく息を吸い込んで、それからゆっくりと紅茶の表面に息を吹きかけた。熱い飲み物を冷ますときと同じ要領だ。三度繰り返したところで、もういいかな。と義人さんが僕を止めた。
そこからはいつ見ても不思議な光景だ。
義人さんが銀色のスプーンを紅茶の中に入れてくるくる回すと、底の方から黒い液体が浮いてきて、琥珀色の紅茶と不思議なマーブル模様を作っていく。それを更に混ぜていくと黒い液体はまた沈んでいって、底の方で一塊になった。
「いいよ。飲んで」
スプーンを抜くと、義人さんが紅茶をすすめてくる。言われるがまま僕はティーカップに口をつけて、少しぬるくなった紅茶を飲み干した。
カラン。
ティーカップをソーサーに置くのと同時、固くて軽い音がする。
カップの中を覗くと、ピンポン玉くらいの黒い玉が出来上がっていた。
何度やっても不思議だと思う。
飲む前は確かに底に何かがあるのに、飲んでいるときはわからない。なのに飲み終わってカップをソーサーに戻すと玉がそこにあるのだ。本当にわけがわからない。
義人さん曰く、これは義人さんの家に代々伝わっている能力なんだそうだ。正確には『夢師』と言うらしいんだけれど、今はもう廃れていて『夢師』は天然記念物並みに珍しいらしい。
実際、僕は十八年生きてきて『夢師』なんて聞いたこともなかったし、目の前で見ている今でも何処か半信半疑だ。
「うん。悪くない」
義人さんがカップの底の玉を取り出して水洗いし、クロスでそっと水気を取る。それから出来上がった黒くてツヤツヤとした玉を目の位置まで上げて、光に透かしながら眺めてそう言った。
「ランクは?」
「うーん。Aかな?」
「Aかぁ……」
僕の言葉にくすりと笑いながら、義人さんは調理台の下の引き出しから手のひらサイズの瓶を取り出して、出来立ての玉を中に入れた。それから少し考えるような顔をして、50,000円と書いたラベルを瓶に貼り付ける。
夢の買取価格は売値の3割。つまり一万五千円で僕の悪夢は買い取られたのだ。
「Sランクだと思ったのにな」
そう言うと、次に期待だな。と義人さんは笑って僕の悪夢が入った瓶を吊り棚に置いた。
それをじっと眺めてから、右手の奥の方にある柱時計を確認する。もうすぐバイトの時間だ。支度をしようと僕がスツールを下りるのと同時、カランコロンと店のドアが開く音がした。
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