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「おかえり」
いってきます、とも言われないのだ。ただいまが帰ってくるわけもない。ママ友たちとのお茶会から帰って来て夕飯の準備をしていたら楓樹が帰ってきた。目を合わせることもなく真っすぐ部屋へと行ってしまう。
「――……もうすぐ文化祭なんでしょう?」
「……」
「ねぇ」
「……うん」
正樹の帰りは遅いから、楓樹と先にご飯を食べる。もちろん会話なんてない。恐る恐る話を振ってみても、返ってくるのは良くても「うん」だけだ。この場から一刻も早く離れたいように思えるくらい、すごいスピードで楓樹は夕飯を食べる。
「……ごちそうさま」
ただ、それでも。楓樹は好き嫌いなく全部残さず食べてくれるのだ。こうして作ってあげた感謝を言ってくれる間は楓樹のことをもっと信じてあげていいのかもしれないと思えるのだった。
ふーまま『今日もふーちゃんは残さずご飯を食べてくれました!昔は好き嫌いが多かったから嬉しいな』
コウキ『羨ましいです!きっとふーままさんのお料理が美味しいんでしょうね』
楓樹と会話が少ない寂しさを、コウキさんの優しい言葉に癒されながら、正樹が帰ってくるまでの平穏な時間を過ごしていた。
うまオムライス『給食は残しているからきっとそうなんだろうなぁ』
コウキさんとのやり取りに割り込むように不快な言葉が並んだ。コイツは一体どういうつもりでこういうことを言っているのだろう。まさか、楓樹のことを知っている人なの?でも給食の事情なんて同じクラスの子か、担任の先生くらいしか知らないだろうし……楓樹の同級生や先生が私にこんな絡み方をする意味が分からない。いや、悪徳な占い師みたいに誰にでも当てはまるようなことを言って私の不安を煽っているのだろう。適当に読み流したいのに、絶妙に気味が悪いメッセージを送ってくるのが本当に不愉快だった。
「――……えっ?」
「うん?どうした?」
「あぁ、な、何でもない。あ、ほら、今朝ニュースに番宣で出てた俳優さん、不倫だって!」
「へぇ、なんか綺麗な女優と結婚してなかったか?よくやるよ」
就寝前にベッドでスマホをいじっていたらSNS上に衝撃的な投稿があった。思わず声を出してしまい、正樹に話しかけられた。私は咄嗟に莉子ちゃんママから聞いていた、くだらない芸能ゴシップでごまかした。正樹は興味なさそうにあくびをしながら布団に潜り、寝る態勢に入っていた。
コウキ『テストクソ過ぎクソだりぃ』
正樹が横で寝ている傍ら、スマホの画面を見直した。見間違いかと思ったけれど、確かにコウキさんの投稿一覧には普段のコウキさんとは違う人が投稿したんじゃないかと思うくらい、汚い言葉で愚痴がこぼれていた。しかしテストって一体……何か資格でも取ろうとしているのだろうか。
どうしよう。これ、裏垢と間違えて誤爆というヤツかもしれない。教えてあげた方がいいのだろうか。いやでも、すぐに気付いて投稿を削除するかも……ずっとスマホの画面を見つめながらコウキさんの動向を窺う。たった数分待っているだけなのに、何も動きがないことに不安になる。このまま放置していたら、もっとたくさんの人に見られてしまうかもしれない。私は耐え切れずコウキさんに、コウキさんだけが見られるDM(ダイレクトメッセージ)を送った。
ふーまま『突然すみません、あの、間違えて投稿していませんか?』
メッセージを送りスマホを握りしめ、そわそわとしながら、ただ時間が過ぎていく。すると数分してすぐにメッセージの通知が届いた。
コウキ『ありがとうございます!すぐ削除しました!汗』
ふーまま『コウキさん、何か資格勉強でもされているんですか?』
コウキ『あ、いえ……その、一応教員をしていて』
ふーまま『そうだったんですね!ウチの息子もテスト近いのでピリピリしてます笑』
コウキ『すみません、生徒にはテストを頑張れと言う立場なのに、ふがいないです』
ふーまま『いえいえ、学校の先生も大変ですよね。頑張ってください(笑顔の絵文字)』
コウキ『ありがとうございます!ふーままさんのようなお優しい保護者の方ばかりだと良いのですが……あ、これ、ここだけの話にしてくださいね笑』
ふーまま『笑。私でよければいつでも愚痴を聞きますよ(笑顔の絵文字)いつもコウキさんの投稿やお返事に元気をもらっているので』
コウキ『ありがとうございます!こちらもいつも元気をいただいていますよ!心強いです!』
余計なお世話かと思ったけれどメッセージを送ってみて良かった。ほっこりと気持ちを抱えながら眠りにつく。いつもなら耳障りな旦那の寝息も気にせず眠ることができた。
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