灯台下クラシ

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 正樹にお願いして警察には同級生のいたずらだと判明したと説明し、捜査を中止にしてもらった。田畑くんは追い詰められて犯行に及んだと言っていたし、実際のメッセージをよくよく確認してみると、前者は具体的ではない殺害予告で、後者は具体的ではあるけれど、危害を加えると明記している訳ではなくて、未成年でもあるし、逮捕まで漕ぎつけるには厳しいとネットに書いてあったと正樹が言っていた。本当にこの男はなるべく面倒事にならないように行動する男だ。楓樹がイジメを受けているという話も「原因はお前なんだろ?それに俺は仕事があるんだから」と他人事のように言ってのけた。私が解決しろということらしい。この騒動の全てが終わったら、家を出てやろうかと思い始めていた。 『田畑さんお願いします、息子さんとお話させてください。正直に話していただけるのなら、警察への相談を取り止めます』 『分かりました。夫も同席できるよう調整いたします。ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません』  既に警察への相談は終わった状態なのに、田畑くんの家族に対してずるい手段を使った。莉子ちゃんの言葉を思い返してみると、たぶん莉子ちゃんも学校での楓樹のことを知っているのだと思う。莉子ちゃんから話を聞きたいと思ったけれど、イジメている子たちによって莉子ちゃんにも何か悪い影響があるのではないかと不安になった。それに私には恐怖感が生まれていた。子供たちだけが私のアカウントを知っているのではなく、その親も下手をしたら知っているのではないのかと。私のアカウントをこっそり監視しているママ友がいるのではないかと、疑心暗鬼に陥っていた。だから今は弱っているところを問い詰めるようで悪いとは思うけれど、田畑くんに話を聞くのが一番なのではないかと思った。本当の自分の敵が誰だか分からない状況で、色んな人を探ることでこちらの動向を知られたくなかった。 「――……楓樹、ご飯」  あれから。楓樹が私に怒鳴ってきた日から、楓樹は部屋から出ることが前よりも減った。ご飯が出来たと部屋まで声をかけに行っても反応はない。私と合わないように行動しているようだった。夜にひっそりと冷蔵庫を漁り、夕飯の残り物を食べている。私はもう楓樹のことを「ふーちゃん」とは呼べなくなっていた。 「あれ?ご飯は?」 「自分で温めれば?」 「あ、そう」  正樹のご飯を温めて待つなんて甲斐甲斐しいこともしなくなった。私も楓樹が私たち両親にしているように、正樹と極力会話をすることを避けるようになっていた。温度の無い私の言葉を正樹は気にも留めない。むしろ正樹は私が干渉してくることがなくなって機嫌が良くなっているように感じて、近くに居るだけで不愉快だった。 コウキ『最近投稿がないようですが、大丈夫ですか?何かありましたか?(困り顔の絵文字)』  私のことを気遣ってくれるのは、もはやこの姿も知らないコウキさんだけだった。ここ最近の騒動のせいでSNSから離れていたけれど、コウキさんのことを思い出してついメッセージが届いていないか確認してしまったのだった。 ふーまま『大丈夫です。ちょっと疲れることが続いてしまって』 コウキ『そうなんですね。心配です』 ふーまま『今慌ただしいんですけど、落ち着いたら、前に話していたこと、先に進めても大丈夫ですか?』 コウキ『えーっと、すみません、何のお話でしたか?』 ふーまま『リアルで会えないかって話、もうコウキさんの中では終わってしまいましたか?』 コウキ『え?良いんですか⁉ぜひ!』 ふーまま『ありがとうございます。落ち着いたらまた連絡します』 コウキ『はい!お待ちしてます!!』  ちょっと前まであり得ないと思っていたのに。私はためらいもなく、コウキさんと会う約束を交わしていた。 「――お邪魔します……」 「どうぞ……」  後日。今度は私だけが田畑くんのお家へと伺っていた。お互い緊張した面持ちで挨拶をする。自宅だと楓樹常に自室に籠っているから、また田畑くん達が来ると変に刺激を与えてはいけないと思っていた。 「……こんにちは」 「蓮、ちゃんと挨拶しなさい」 「……ちは」  案内されたリビングルームで田畑くんは死んだ顔をして椅子に座っていた。私が挨拶をしてようやく合った目に憎しみを感じて少し後ずさってしまった。今日は結局田畑くんのお父さんの予定はどうしても合わなかったらしい。恐らく田畑くんはご両親に信頼されて、良い子だと思われながら育ったのだろうけれど、私はこの前の時のように田畑くんが取り乱したら、誰が止めるのだろうかと不安になっていた。田畑くんの体はまだ成長期の途中なのかそれ程大きくはなかったけれど、私や、田畑くんのお母さんは止められそうになかった。 「……正直に話したら、警察には黙ってくれるんですよね」 「え?……あ、うん……」  語気の強い田畑くんの言葉に気圧されるようにして返事をした。恐らくこの条件を出したおかげで、こうして田畑くんは私の目の前に座って話をしてくれているのだろう。   「その、楓樹がイジメられてるって本当なの?」 「はい」 「誰にイジメられてるの?」 「同じクラスの大西くんと、3組の紺野くんです」 「……え?う、嘘でしょ?」  大西くんと、紺野くんって、だって、それは――。 「大翔くんと、凛空くんってこと?」
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