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聡子『たっくん来襲温泉デートしましょう』
麻衣はラインを見た途端、飲んでいたブラックコーヒーを吹き出した。
発信者の聡子は義母だ。
そしてたっくんはおそらく、義父・辰之のこと。
(義実家でお会いしたときは辰之さん、って呼んでいたのに!!)
嫁に誤爆したことに気づいていないのか、メッセージは
『新古んりょこうの。とき依頼ね』と続く。
使い慣れていないから誤変換もひどい。
流行りものが苦手な義母・聡子は、ずっとガラケ愛用者だった。
先週、7年使ったガラケが壊れてしまったため、スマホデビューを果たしたばかりだ。
義母はメールも苦手な人だったから、連絡はもっぱら電話だった。麻衣と夫は連絡を取りやすくなるから、喜んでラインアカウントを教えた。
(これは教えてあげたほうがいいのかな。いや、でも、嫁に誤送信していたなんて恥ずかしすぎて泣きたくなるんじゃ……。でもでも、誤送信に気づいていないままで、お義父さんからの返信を待っているかもしれないし)
この様子だと、たぶん取り消しや電話機能の使い方もわからなそう。
悩んだ末、麻衣は義実家に足を運んだ。
「お義母さん、間違えて私のところにメッセージがきています」
メッセージ欄を表示させて説明すると、義母は両手で顔をおおって崩れ落ちた。
「あらやだ、わたしったら、麻衣さんに送ってしまっていたのね。ごめんなさい」
そこにいたのはいつもの、ピンと背筋を伸ばした口数少ない義母ではなく、夫を愛する一人の奥様だった。
「私が使い方を教えます。お義父さんへ、メッセージを送り直しましょう。絶対喜びますよ!」
「そ、そうかしら。送ってから、年甲斐もない恥ずかしいって言われるかと思って、画面を下にしていたの」
あまり会話もなくて怖い人だと勝手に思っていただけで、義母はこんなに可愛らしい人だった。
しっかり使い方をレクチャーして、緊張しながら送信ボタンを押す。
何分もしないうちに既読がつく。
辰之『せっかくの休みだし、いいかもしれないな』
義母は画面に向かって何度もうなずいて、「行きましょう。ええ、ええ!」と言う。
そして誤送信事件から10日。
義母からメッセージが届いた。
聡子『毎三オンセンおみやげ狩ってきたから、盛っていきます』
麻衣は飲んでいたコーヒーが気管に入ってむせた。
義母がスマホを使いこなせるようになるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。
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